第128期 #5
病気して、働けなくなった。結果、妻が働くことになった。
それで私は主夫になり、初めて家計簿を書くことになった。
と書いたら、それを見た妻が「家計簿は『つける』ものです」と細かいことを言ってきた。
と書いたら「そんなことまで備忘欄に書かなくて良いです」と更に言ってきた。
ここから先のやりとりは省略するとして、さて家計簿である。妻は「貴方は、毎月の生活費のやりくりをお願いします」と言った。生活費は月十万が目安ということだ。
差し当たって家計簿に書き込むのは食費、光熱水料、ガソリン代、あとは雑費位だろうか。雑費というのは便利な言葉だ。
私が勤めていた頃は、どんな些細な物でも品名型番つきで表されていた。雑草という名の草はないとは言うが、これからは雑費という名の雑費も許されるであろう私である。少し心が踊った。
「貴方。この雑費三万の内訳は」
妻の追求は会計検査院の人よりキツかった。
以来、私はレシートを常に保管している。
食費の調整は難しい。しばらくの間、コンビニ弁当でも妻は文句を言わず食べていたが、毎食コンビニ弁当だと思った以上に食費がかかるし、二人とも体と肌の調子が悪くなった。妻まで倒れては我が家の家計もオシマイなので、途中からは料理をすることにした。
余計な考えを入れず、レシピに書かれた通りに作れば大抵のものは美味しくできた。
何より妻がおいしいとにこにこしながら食べるのを見るのはなかなか嬉しい。 なんだかんだで、半年ほどすると生活費も赤字を出さずに済むようになっていた。
妻の仕事は順調なのかそうでないのか良く判らない。妻は職場の話を家に持ち込まなかった。私もかつてそういう人間であったが「辛いことは一人で抱えないで、家族なんだから」と言った彼女がそういう行動を取っているのが不可解ではあった。
妻の帰りが遅くなる日が続いたある晩、帰ってきた妻に「辛くないか」と聞いた途端、彼女の目がはっと見開かれた。それきり声も出さずに泣く妻を、私は黙って撫でることしかできず、そして泣いている妻はとても可愛らしく見えた。
と、家計簿の備考欄に書いておいたら、二日ほど後にそれを読んだ妻が真っ赤になって「どうしてそのとき言わないの」と怒っていた。
仕事の話は仕事で病気になった私に話すのは悪いかと思って、抑えていたらしい。
最近、妻は「なんでも備考欄に書いたら良いです」と言うようになった。