第128期 #1
外で遅い晩ご飯を済ませた帰りに、川を見に行きたくなって、その足で、自転車で、大通りを北へと上って行った。川は、三十分程行った所で、道と交差する形で延びていた。
ほとんど車は走っていなかった。道沿いの、店の軒先の街灯が、町を黄色く照らしていた。いつもは排ガスの、淀んだ空気が漂うこの道も、この時は空気が澄んでいて、寒くもなく、暑くもなく、自転車の上で受ける風も、あまり気にならなかった。
一人でいる自由を、誰かにも、ふと、感じてもらいたくなり、自転車を止めて、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して、この前一度だけ寝た友人に、「ちょっと出てきて」とメッセージを送った。
暫く行くと、女の子らしい柄の寝巻きを着た友人が、一人道沿いに立っていた。眠たげな表情の友人を乗せた自転車は、ペダルが重たくなり、涼しくはないが、顔に当たる風も、意識させられるようになった。自転車を漕ぎながら、友人を呼んだことを、少し後悔しつつも、大通りを北へと上って行った。
道が二手に別れた先に、幅二百メートル程の川が現れた。その手前で自転車を降り、砂利道を少し歩いた。川の実態は、ミルクの混ざったコーヒー色だが、夜はコーラのように、玉の一粒一粒を輝かせて、遠くの向こうの川辺にあるレストランや街灯の光を、静かな波の表面に輝かせていた。
一人、川と対峙する幸せを感じた。その幸せを感じるのに、友人の存在は関係なかった。友人の存在は自分の幸せには影響を与えなかったが、少し離れた石の上で、僅かな風を、気持ち良さげに受けている友人を見て、その分少し、変に達成感もあった。
後日、友人は知らない男と籍を入れ、二人の子供を儲けた。今はその子供達も成人し、巣立って行ったが、僕は変わらず自転車に乗って、外へと遅い晩ご飯を食べに行く生活をしている。
一人で見に行っても、友人と見に行っても、感じる幸せに関係は無かったが、初めて友人と川を見に行ってから三十年の月日が経った今も、僕は外で遅い晩ご飯を食べた後、ふと川を見に行きたくなれば友人を呼び出し、「あなたと居ると、いつも同じ日に帰るわ」と言う友人を自転車の後ろに乗せて、寝静まった町を抜けて、川を見に行く。