第127期 #3
クレ王国の王子ピノルの血を辿れば,現国王ピノロから,クレ王国の起源とされる,昔大河ちかくの小国群を統べた伝説的クオレー王国の宰相ピノロザまで遡れるそうだ。
さて,竜に攫われた許嫁エルコを助けるべく,15歳の王子ピノルはひとり出国した。
砂漠を隔てた隣の武闘国家ゼスターへ易しい考試を経て入り,剣術を学習,訓練して「“力”の剣」を得た。それだけでは竜を倒しがたいが,思索国家リアデガーの考試に落ちた。1ヶ月間に1回あるそれに12度目で受かり,3年間の酷な思索鍛錬ののち「“思弁”の剣」を賜った。
“思弁”の剣を得たピノルに,もはや恐れるものは無かった。強いと噂の二大守獣も,聖オクエ川まえの橋守り獣を倒し,3ヶ月かかって長い唯一の橋を渡ったのち,聖オリ山脈唯一のすき間まえの門守り獣も難無く倒したが,
「あなたの関係系は自己否定的だ」
「ひとは皆,多からずとも自己否定性を有する筈だ」
「単なる経験則だろう,それは。あなたの否定性が,物質的,非物質的とも冠しがたい『時間』に因るせいで,近き瓦解が宿命的なんだよ」
「時間? いや,しかし……,それは……」
思弁獣との抽象的論戦に敗れ,“思弁”の剣を失った。
失意の敗走だった。蘇生した行きの守獣はもはや倒せないので,竜の眷属が棲む聖オリ山脈,聖オクエ川を越えるほか無い。遠征で培われた知力,体力と“力”の剣をもって,それぞれ7年,3年かけて為しとげた。
見つかれば,逃げた罰で殺されるにしても,ピノルは故国へ還りたかった。国家間の道守りに見つからないには,おおきく遠回りして,匪賊と獣だらけの無法地帯を通るしかない。何度も獣に殺されかけ,賊に襲われた。入賊したアルコス団に身を売られ,流浪者に教わった嘘の方角へと荒野をさ迷い,砂嵐アガメナと死闘した。2年間連れだった流浪者スピアも,金,食料と失せた。……
ピノルがクレ王国の門前に至ったのは約50年後で,落ちぶれた姿に誰も王子だとは気づかず,“力”の剣もとっくに壊れていた。
心身ズタボロで,易しい故国の考試でさえ難しく,不正入国を決めた。
深夜,外郭壁を攀じのぼりきるも,力尽きて内へ落ち,老体を地に打ちつけた。見なれない場末の家並みを目に,王子ピノルは死んだ。