第127期 #11

タイツ

 男がタイツを穿くというのは、あまり格好のいいものではない。
 日本国語大辞典で「タイツ」を調べてみると、
 
 「防寒用として女性や子どもがはいたりする。」
 
 と書かれている。また「バレエの際に使用」なんてことも書かれていたりする。単語の使用例に、三島由紀夫の『仮面の告白』の引用なんてのが出ていたりもしてしまう。
 こんなんじゃ日本の男子はタイツなんて穿けたものじゃない。
 
 しかし、今年の冬も寒い。背に腹はかえられない。僕がバチっと決めているジーンズの下で、大腿部からふくらはぎを掴まえて足首までぴっちりとした黒いタイツが実は収まっている。
 もちろん色は白なんかじゃない。黒だ。それにこれは、一応アルペンで買ったスキーで使うスポーツタイプなんだ。しかし、僕はタイツを穿いている。それも誰にも見られないからと、白いティーシャツをインしてるのだった。
 
 大学に仲のいい友人がいた。彼は女はもちろん、男にも好かれるいいやつだった。僕は男としては八〇点くらいだろうが、彼は百点だった。
 僕はある時訊いてみた。
「なんでそんなに澄ましていられんの?」
「えっ、別にそんなことないじゃん?」
 彼はまず流行に流されるということがなかった。いつも自分の趣味に合う服装、音楽、そして課題を取っていた。周りのみんなに好かれながら、その周りを気にすることなくいつも自分を保てる人間だったのだ。
 僕はこのいつも隣にいる友人に対して、どこか羨望と劣等感を抱いていたのかもしれない。彼の強さの源は何なのか。
 
 大学の課題も山場を迎えた師走の終わり、身に刺さる寒さも極めてきた。僕達二人は銭湯へ行くことにした。彼に誘われた時、今日も脚にぴっちりとしている黒タイツのことがよぎったが、ズボンと一緒に脱いでしまえばいいとそこまで気にすることもなかった。
 僕達二人はカウンターでお金を払うと、脱衣場へ入って服を脱いだ。僕が上着を脱ぐ中、彼がズボンを下ろすと予期せぬものが目に飛び込んできた。彼の大腿部をぴっちりと包む、黒いタイツが目に入ったのだ。
 僕はつい声を出した。
「お前タイツなんて穿いてんの!?」
「えっ、だって寒いじゃん?」
 驚く僕をよそに、彼はしごく澄ました顔をして服を脱いでいた。彼はやっぱり百点の男だった。
 僕はベルトをはずし、ストンとズボンを落とした。
「俺も穿いてる。スポーツ仕様だけどね」
 銭湯の脱衣場で僕達二人は笑っていた。



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