第127期 #10
ひらひら花っていってたの、あの子。家の近くにたくさん咲いてて。あの子その花が好きだった。
彼女はそう、細い声で教えてくれた。
四角い白い花びらが茎にひらひら繋がって咲くから、まるで白いリボンがたくさん風に揺れてるように見えるの。
あの子、その花を繋げて長いリボンにするのが好きだった。それがとっても上手で。器用だったのよ。彼女はかすかに目線を泳がせ、窓辺に置かれたその花を見た。
真っ白な包帯に包まれた自分の指を見つめる彼女に、大丈夫きっとよくなる元気になってくれよと、私はそう慰めの言葉を投げた。
次に彼女に会ったとき、彼女は面をつけていた。縁日で売っていそうな安っぽい動物の面。
どうしたのと尋ねると、彼女は低い声で囁いた。
顔を見られたくないの。こんな顔で笑えと言われたくないの。これならいいでしょ、ずっと笑ってる顔だもの。
動物の面は確かに口の両端を上げていたけれど、私はそんな彼女に酷く嫌な不吉を感じた。
そんな安っぽい笑顔が見たい訳じゃない、せめて君には笑っててほしいんだよ、僕の気持ちをそんなおもちゃで踏みにじらないでくれよ。
「じゃあわたしの気持ちはどうなるの」
叩きつけるような強い声が面の下から放たれた。私は驚き、言葉もなく彼女を見つめる。しばらくして、彼女が謝罪の言葉を呟き、部屋の空気は和らいだ。そうよねあの子の分もわたしが頑張らなくっちゃね。窓辺に飾られたいつかの花が少し萎びて俯いているのに気づかないふりをして、私はその場を立ち去った。
嫌だ死にたいあの子の側に行かせてと叫ぶ彼女も次第に次第に、枯れた静かな花のようになってきた。
「わたしやっと気づいた。あなたわたしに長く長く苦しんで欲しかったんでしょう。恨んでるのね」
そんなことないよと私は言う。彼女はもちろん信じない。視界の端で空の花瓶が目についた。
あの子が近くに来てるのが分かるわ。わたしももうすぐあの子の近くに行く。
そんなこと、させるものか。思わず手が出た。
彼女は爛れた顔をこちらに向けて涙を流す。その顔はまるで般若のようだった。
踏みにじるためにわたしを生かしておくのはやめて。強い拒絶に返す言葉は出なかった。
呆然として病院を出れば、例の白い花の一群が地面をさらさらと泳いでいる。
それはあの子が笑っているようにも、彼女に巻かれた無数の包帯のようにも見えた。
明日は彼女に新しい花を買っていこう。