第126期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 二十と私 452
2 均衡 白熊 587
3 ウィーンで狂うということ なゆら 798
4 との手 岩西 健治 974
5 夜空 マーチ 400
6 呼び出し tochork 767
7 ツメクサ qbc 1000
8 迷子 霧野楢人 1000
9 ないものねだり あかね 1000
10 反面教師の白い夢 豆一目 997

#1

二十と私

 二十になった。選挙権が与えられたり、お酒が飲めたりとそれは法律的にとても肯定的で、素敵だ。社会からは新成人とよばれる生き物となり、人生においてそれは露骨な一つの通過点となる。きっとそこは、いくらかの希望と不安で飾り付けられている地点なのだろう。
 しかし、私のそこには何もなかった。いたずらに進む時間の流れの中からぽろっと、私が二十になったという事実が偶々落ちてきただけのように思えた。私がそれを拾わなければもう一年、あるいは永久に十九であり続けることさえできるくらいに。とことん無味乾燥な、まるで教科書みたいな二十の瞬間だった。それはある種、ソフィスティケートされてる感があり私としては好感触な二十の瞬間だった。ところが徐々に私は淋しさを感じていった。今までいたずらに流れるだけだった時間が、しだいに質量を持ち始め一定の圧で私の心を押しだした。そうしてクリープ現象よろしく心の歪が巨大化していった。私はぐるぐると混乱しながらもその圧に抗い続けた。その混乱を打ち砕いたのは時計の"カチリ"という音だった。


#2

均衡

 彼方は 私を 見つめるフリをする
 私は いつも 風ばかり見てるフリをする
 もし 目が合ってしまったら
 それが 大切な事に成って仕舞うから

 彼方は 意味無く 忘れたフリをする
 私は それを 笑って許すことにしてる
 もし 咎めてしまったら
 人の間で 罪を作って閉まうから

 人の心を紐解いたって
 功徳を装うAさんがいるだけで
 そんなものを見つけたって
 汚れた罪と相違ないよね

 私は彼方と 手を繋ぎ 鞭打たれても 
 息退だけ
 ちょっとだけ 悪びれて見せたいだけ

 彼方は 私の 鼓動を聴きたがる
 私は そっと 胸の上の眼鏡を外す
 もし 私が動いていなくても
 彼方は 自分の音を確かめてるだけだから

 人は愛欲の広海に漂って
 人の中の自分を見つめるだけで
 そんなことに気付いたって
 褒めてくれる人は不在よね

 私は彼方の 永遠という言葉を諦めても
 詩似たいだけ
 ちょっとだけ 我慢を見てもらいたいだけ

 不偸盗 不悪口 不慳貪
 私達には 関係がないよね
 不殺生 不邪淫 不妄語 
 それにはちょっと 怒気っとするけど

 人の心を紐解いたって
 功徳を装うAさんがいるだけで
 そんなものを見つけたって
 汚れた罪と相違ないよね

 私は彼方と 手を繋ぎ 鞭打たれても
 息退だけ
 ちょっとだけ 悪びれて見せたいだけ

 私は彼方の 永遠という言葉を諦めても
 詩似たいだけ
 ちょっとだけ 我慢を見てもらいたいだけ


#3

ウィーンで狂うということ

ウィーンには行ったことがない。
けれどウィーンの隣の町に入ったことがある。
嘘だ。
ウィーン周辺はおろか、ヨーロッパに足を踏み入れたことはない。
だからウィーンの町のことは想像するしかない。
想像するウィーンでは、女の子がピンクのパンティーストッキングを履いていて、伝線している部分からのぞく生の足を突き刺すためのナイフが転がっている。
誰がそこに置いたのか、いや、投げ捨てたのかと言うと、王様だ。
王様の命令によってナイフは置かれた、あるいは投げ捨てられた。
それで女の子のストッキングが伝線している部分を突き刺すべし、という御触書付で。
ナイフは尖っていて、すごく切れそうだ。
女の子を突き刺せばすごく大きな声で悲鳴を上げるだろう。
逃げ惑うだろう。
それもよし、と御触書に書いてある。
なんて残酷なことを言う王様だろう、国連は動き出す。
そんな女の子の危険な国はけしからん。ぜひとも女の子にとって安全な国にしてやろう、と国連は意気揚々と乗り込んできた。
ただ乗り込むだけでは面白くないからと、サーカス団として乗り込んできた。
ピエロやライオン使いやブランコ乗りが微笑んで歩いてくる。
ところがしかし百戦錬磨のウィーンは防衛本能が働いて国連から派遣されたサーカス団を吐き出す。
梅干しを吐き出す要領で、ぺっと吐き出された国連のサーカス団は、ばらばらになって、統制を失ってそれぞれが自分の意志で動くべし。
ピエロは老後に備えてちゃんと貯金をすべし。
それからウィーンは珈琲を飲みます。
熱い熱い珈琲は、五臓六腑に染み渡り、女の子の自慢のパンティーストッキングは茶色に染まる。
いやだわ、と女の子、こんな下品な色のパンティーストッキングなんて破り捨ててくれますわ、とびりびりやりだす。
お遊戯のようにビリー、ビリー、王様が片腹痛く、ナイフを掲げて狙ってるから気をつけて、ぜひとも気をつけて。
王様を撃ち抜くスナイパー、悲しみがひとつ増えました。


#4

との手

 晴れ亘る空には雲ひとつなく、こんな心持ちでこの空を眺められるなんて久しぶりだわ、などと姉様がおっしゃっておられます。
 柿の実がまだ堅い小さな庭を六畳間の縁側から厚い幕布を介することなく眺めれば、もう秋なんだわね、などと母様もおっしゃっておられます。
 父様と兄様の無事を祈って折った鶴のなんて清々しいお姿でしょう。半年ぶりに浴びた陽射しに照らされた鶴の、朱色の鮮やかさがいっそう目にしみてまいります。
 わたくしを挟んで母様と姉様、三人並んで六畳間の縁側に立っておりました。もちろんわたくしは母様と姉様に左右の手をそれぞれ預けております。
「あの鳥は何て言うのかしら」
「あの鳥はムクドリよ」
「ほら、あすこにも」
 こんなたわいもない会話をもう随分となすっていなかったことが、苦しかった悪夢のように込み上げてまいりました。でも、もうその悪夢は過ぎ去っております。父様と兄様も無事帰ってこられるのです。父様の膝の上でまた、お歌を聞かせていただきましょう。兄様にはまた、勉学を教えていただきましょう。
 ラヂオから流れて聞いたお声の意味はわたくしにはまだよくわかりません。けれども、母様、姉様の笑顔の意味することは感ぜられております。
 隣のミヨちゃんの父様は帰ってこられないのだそうでございます。お国のために帰ってこられないのだそうでございます。けれども、わたくしの父様は帰ってこられるのです。それでいいのです。それだけでいいのです。
「○○ちゃん、さぁ、壕の掃除でもしましょうか」
 母様がわたくしの手を強く握りました。
 わたくしも負けじと手に力を込め握り返しました。
「わたくしも手伝うわ」
 姉様がおっしゃって、
「あら、母様とわたくしのお仕事よ」
 と、わたくしは笑顔で姉様の手を強く握りました。
 六畳間奥の仄暗い仏間には母様と姉様の御位牌がございます。本当は母様と姉様もミヨちゃんの父様同様、帰ってこられないのでございます。もう少し早く戦争が終わっていたらなんてことを……、子供心にも聞いてはいけないなんてことが分かるのでございます。
「○○ちゃん、竹箒と手ぬぐいをお願いしますね」
 伯母様がわたくしに向かって笑顔を作られます。
「早く父様と兄様帰ってこないかしら」
 わたくしは壕の掃除の支度をしておられる伯母様に笑顔を作りながら、母様と姉様との手をそっと離しました。


#5

夜空

夜遅く仕事から家に帰った。
すでに午前2時を過ぎていた。疲れている。

車から重い体をゆっくりと引き摺り出す。
風にもならない空気の動きが心地よい。
物音ひとつしない黒く塗り潰された、いつもの風景に安堵する。


ふと夜空を見上げる。真円の月が目に映った。
月を取り囲むように星が輝いていた。
心を洗われるように美しかった。


ふと思う。私はいつまで、この美しい月や星を
見ることができるのだろう。


そりゃ生きてさえいれば、いつだって見られるさ、
月や星くらい。


じゃ私はいつまで生きるんだ?
そんなこと誰にもわかるはずがないだろう。
確かに・・・


ただこれだけは言える。
たとえ私の命が尽きようと、月や星の輝きは今と
何ら変わるはずもない。


それどころか、今も世界のどこかで起きている、
戦争や天災で、どれほど多くの人の命が散り果てようと、

夜空の美しさは、何も変わることはない。

そして空から、静かに地球の人間の生き様を見ている。

いつまでも・・・


#6

呼び出し

 呼び出された。先生にではない。そもそも先生がトイレに呼び出すはずがない。赤田にだった。田橋にはもちろんブッチする度胸もなかった。無防備に出頭すれば酷いめに遭うことくらい確信してはいたが、かといって逃亡成功するはずもなかった。
「まさか本当に素直に来るとはね」
 赤田は手前から呼び出したことを棚に上げて呆れた。たやすく田橋は壁際に追い詰められて、腰も抜かしてしまった。そのせいで赤田と田沼は彼の両手を取って立ち上げる必要があった。
「怖がるなよ」田沼がいった。
「そりゃムリだろ。イジめてるんだし」
 赤田は笑いながら手を離した。途端に田橋が膝をつく。田沼もそれに倣った。田橋はふたりの足下に両手をつく格好になった。「ほんとう、勘弁してよ……」田橋はもう涙ぐんでいた。赤田は愉快な気分になった。「やめろよ。まるで俺らがイジめてるみたいじゃんかよ」。返事はなかった。
「無視しないでよ」
 田橋はふたたび引っぱり上げられるとそのまま個室のひとつに押し込められた。とはいえ、扉は田沼によって押さえられていたため、開かれたままであった。女子トイレだった。田橋は便座に項垂れた。
 彼は呻いていた。赤田はしばらくさせていたが、やがて、三度彼を立ち上がらせた。
「別にさあ、おかねを奪うとか、ボコボコに殴り飛ばすってわけじゃないんだよ」
 赤田はつとめて気さくに田橋の肩を叩いたが、彼がたやすく仆れるもので支えねばならなかった。洟を啜るだけで、田橋の返事はなかった。
「ただその便器に小便すりゃいいんだよ。はじめてでもないじゃん。できるでしょう」
「そうだ。早くしろ。チンタラしてると女子が見物にくるぞ」
 …という沼田くんのセリフがフラグになったらしく、お花を摘みに来た女子三人と鉢合わせ。運悪く田橋くんの彼女がおりまして即告げ口。全員職員室に呼び出されましたとさ。


#7

ツメクサ

(この作品は削除されました)


#8

迷子

 僕にとって悪事とは大抵、全くそれと気づかずに犯すものか、その重みを強く自覚するものかの二つに一つだった。どちらがより深い罪なのだろう、と、またしてもそんなことを考えながら、僕はぼんやり小野の顔を眺めている。
 小野は張り詰めた眼差しを僕に向けている。その目は僕のことを知っていた。開け放った窓からカーテンを揺らして風が入ってくる。カツラの甘い香り。それが僕たちを撫でて、小奇麗な涼しさを肌に覚えさせた。
 なびいて顔にまとわりついた長い髪を、彼女は払わなかった。身なりに気が回らないほど彼女の心情は切迫しているのだろうか……いや違う、次に動くのは僕の番だと決め込んで、息をじっと潜めているのだ――そう感じとって、僕はようやく話し始めた。
「言い訳はしないが、聞いてほしい。僕は君に何か不安を持ったわけじゃない」
 罪の意識は既に僕の中で何度も咀嚼されていた。そして頭の中では、既に浮気の顛末とそれに対する自分の考えが、何度も推敲された形で原稿用紙を埋めていた。
 その女は気が狂ったような人間だった。僕が振り向かなければ死ぬと言って、目の前で手首を切った。やむなく女に構い始めてから一年、僕は女の虜になっていた。中毒症状みたいなものだ。そう、
「初めのうちに君を含めた周囲に相談しなかったことが、僕の最大の失敗だ。動揺を与えたくなかったから、僕一人で解決してみせるつもりだったんだ。でもそれは結局、僕に対する君たちの印象が揺らぐのが怖いだけの、僕の甘えだった。挙句、僕は君の知らないうちに、知らないことにつけ込んでしまった。何をしたかは、君が嗅ぎつけた通りだよ。それが悪い事だというのは、初めから分かっていたんだ。分かっていながら、ここまで来てしまったんだ」
 僕は頭の中の原稿を読み上げた。それは確かに僕の本心を取りまとめたことで、罪悪感の吐露も真実だった。けれども、喋っているうちに僕はなんだか可笑しい気分になっていた。作文を発表する恥ずかしさ。小野は切実な瞳で身じろぎもせず僕に注意を向けている。しかし彼女が向けている「僕」はどこにいるのだろう。今もなお様々な迷いと感情が渦巻いている僕そのものだろうか。原稿用紙にまとめ上げられた「僕」だというのなら、とてもおかしな話だ。
 甘い残り香を吸い、それがあの女のものと酷く似ていることに気がついた。どうしたのだろう、誠意を携えていたはずの僕はだしぬけに笑いだす。


#9

ないものねだり

クルミが、なしおさんを連れてきた。でも、私には彼がまるっきり見えなかった。クルミの言った通り、どうやら彼は、正真正銘の透明人間らしい。
 「透明の彼氏ができた。」
そう、クルミが、少々誇らしげに私に打ち明けてくれてから、かれこれ半月が経つ。流行には、人一倍敏感なクルミのことだから、いずれは透明の彼氏ができるだろう、とは思っていたけど。クルミにしては、案外時間がかかったような気がする。

あいかわらず、繁華街という繁華街には、透明の彼氏連れの女の子たちであふれていた。たまに、透明でない彼氏といっしょの女の子も見かけるけれど。彼女たちは、ある種の劣等感と居心地の悪さに耐えなければならなかった。
「見て、あの子の彼氏、丸見えだよ」といわんばかりの、透明彼氏連れの女の子たちの冷ややかな視線を浴びながら、動揺した素ぶりを見せずに、丸見えの彼氏を連れて歩くのは、かなり勇気のいることのようだった。

クルミにも透明の彼氏ができたことを、祝福してあげるべきなのだろうか?よくわからないままに、クルミに押し切られるような形で、クルミたちを招くことになり、今に至る。

私にはクルミしか見えないけれど、クルミは、確かに、なしおさんと楽しそうに会話しているように見えた。クルミは、大好きな人を見つめるような眼差しを空間に注ぐ。たぶん、その空間には、なしおさんがいるのだろう。こんなに愛おしそうな眼差しで見つめられれば、彼氏冥利に尽きるというものだ。この眼差しを見れば、「これまでつきあった中で最高の彼氏よ!」といったクルミの言葉にも納得できる。

一応、ふたりぶんのコーヒーとお菓子を用意して、クルミとなしおさんをもてなした。
直接は無理だったけど、クルミを介して、なしおさんとかろうじて話をすることができた。正直、目を合わせることができない相手に何を話せばいいのか思い浮かばず、とりあえず質問してみた。

「透明であることに何か不都合は?」
「トクニアリマセン。シイテアゲレバ、存在ヲ証明デキナイコトグライデス。だって」
そう、クルミが、それっぽく彼の返事を伝えた。

私との会話は、すぐに行き詰まることになってしまったけれど、クルミとなしおさんのやりとりを見ていると、(実際には、何もない空間に向かって、生き生きとした表情で話し続けているクルミを見ていると)、なんだか私もなしおさんのような透明な彼氏がほしくなってきてしまったから、不思議。


#10

反面教師の白い夢

 とにかく指先だけは色っぽくてね、それがあんたの母親の唯一の取り柄だったよ。指先だけはね。
 そう祖母は幼い私に言うのだった。
 生まれたばかりの赤子を捨てて、指先の美しさだけを武器に知らない男の元に走った女。
 それが私の母だった。それが祖母の娘だった。
 幼稚でわがままで勝手な卑怯もの。幼い私は憎む理由もなく母を憎んだ。憎むより先に憎まなければならなかった。もしも憎まなければ、そうでなければ祖母は私をわざわざ育てなどしないと、ほとんど本能で悟っていたから。
 あんたはあの女と同じようになっちゃならんよ、あんたはあの女とは違う子よ、そういう祖母の声は、暗に、あんたもあの女と同じようだよと告げているようで、私はますます母を嫌った。
 憎めば憎むほど母は遠い存在になった。時々狂ったように叫んで喚く私を見つめ、祖母は満足そうに微笑んでいた。

 やがて10年20年、私は半ば自動で大きくなって、そして何度か静かな恋をした。けれど優しいその恋人を、祖母に知られてはならなかった。
 何にも知らない男捕まえて、あんたもやっぱりインバイだね、母親と同じだよねと、老いた祖母の口にこれ以上言わせたくはなかったので。何より私は母になりたくなく、祖母を納得させたくなかった。

 私は愛をかわしながらかわしながら、結局結婚しなかった。保身のために母を憎む言葉を吐き続けた、私が今さら母になれるとも思われなかった。
 私は祖母の言うことを何一つ否定せず、ただ言われるがままに従った。
 その甲斐あってか祖母は呆けて小さくなった。あれほどしっかりしていた人が、お菓子とオムツの区別もつかなくなって早5年。


 誰も呼ばなかった祖母の通夜に唯一人、やってきたのは、指先の美しい年配の女性だった。
 素朴で黒い喪服の袖は、まるで夜会のドレスのように彼女のほっそりとした指を飾っていた。
 彼女の淡く光ったような、滑らかな指が灰を摘まむ、その瞬間を見るためだけに私は生きていたのだと知る。
 彼女、私の母はこれ以上なく勝ち誇った顔で摘まんだ灰を飲み込んだ。
 そして遺影ににっこりといやらしく微笑んで、私を見もせず出ていった。
 後に残された私は脱け殻のように座っていた。
 からから、ぴしゃんと玄関の扉が閉まった途端、ここにある筈もない母と祖母の荒んだ高笑いが、耳の中でいついつまでも反響しているのが聞こえ、私は祖母の灰を残らずトイレに流してしまう。


編集: 短編