第126期 #9
クルミが、なしおさんを連れてきた。でも、私には彼がまるっきり見えなかった。クルミの言った通り、どうやら彼は、正真正銘の透明人間らしい。
「透明の彼氏ができた。」
そう、クルミが、少々誇らしげに私に打ち明けてくれてから、かれこれ半月が経つ。流行には、人一倍敏感なクルミのことだから、いずれは透明の彼氏ができるだろう、とは思っていたけど。クルミにしては、案外時間がかかったような気がする。
あいかわらず、繁華街という繁華街には、透明の彼氏連れの女の子たちであふれていた。たまに、透明でない彼氏といっしょの女の子も見かけるけれど。彼女たちは、ある種の劣等感と居心地の悪さに耐えなければならなかった。
「見て、あの子の彼氏、丸見えだよ」といわんばかりの、透明彼氏連れの女の子たちの冷ややかな視線を浴びながら、動揺した素ぶりを見せずに、丸見えの彼氏を連れて歩くのは、かなり勇気のいることのようだった。
クルミにも透明の彼氏ができたことを、祝福してあげるべきなのだろうか?よくわからないままに、クルミに押し切られるような形で、クルミたちを招くことになり、今に至る。
私にはクルミしか見えないけれど、クルミは、確かに、なしおさんと楽しそうに会話しているように見えた。クルミは、大好きな人を見つめるような眼差しを空間に注ぐ。たぶん、その空間には、なしおさんがいるのだろう。こんなに愛おしそうな眼差しで見つめられれば、彼氏冥利に尽きるというものだ。この眼差しを見れば、「これまでつきあった中で最高の彼氏よ!」といったクルミの言葉にも納得できる。
一応、ふたりぶんのコーヒーとお菓子を用意して、クルミとなしおさんをもてなした。
直接は無理だったけど、クルミを介して、なしおさんとかろうじて話をすることができた。正直、目を合わせることができない相手に何を話せばいいのか思い浮かばず、とりあえず質問してみた。
「透明であることに何か不都合は?」
「トクニアリマセン。シイテアゲレバ、存在ヲ証明デキナイコトグライデス。だって」
そう、クルミが、それっぽく彼の返事を伝えた。
私との会話は、すぐに行き詰まることになってしまったけれど、クルミとなしおさんのやりとりを見ていると、(実際には、何もない空間に向かって、生き生きとした表情で話し続けているクルミを見ていると)、なんだか私もなしおさんのような透明な彼氏がほしくなってきてしまったから、不思議。