第125期 #9
カランカラン
硝子のグラスに氷があたる音がしている。
カランカラン
涼やかな響きは、僕の手前のクリームソーダから生まれている。もっと正確に言うと、僕の手前に座る彼女の柄の長いスプーンを摘んだ指先がグラスの上をクルクル回って、できた渦に巻き込まれた氷が、グラスに当たって生まれている。
カラカラカラ
音がその部屋に満ちているというのは、部屋いっぱいになるほど大きな林檎があるようなものだとどこかの画家が言っていた気がする。
言っていなかった気もする。
ともかく、氷の涼し気な音は、彼女のクリームソーダから弾かれ出て、この空間を満たしている。
カランカランカラカラカラ
ソーダの綺麗なグリーンと柔らかなバニラアイスのホワイトのコントラスト、さくらんぼの赤がチャームポイントのクリームソーダ。
長めのショートカットにくるぶしまであるスカートを着た大人っぽい彼女は、たまにこんな子どもっぽいものを好んだりする。
僕は自分のカップを引き寄せて珈琲をすすりながら、彼女が奏でる音を聞かされていた。
カランカランカラン
クリームソーダの透明で鮮やかなグリーンは、バニラアイスの力を借りて、ゆるやかにでも確実にパステルカラーになってゆく。
カラ…
前触れなく彼女の指が止まった。
弾かれ生まれていた音が。
空間を満たしていた音が。
急にふっと消えてしまった。
いや、前触れはあったのだ。あったはずなのだ。
「ごめん」
彼女の、指先ではなく唇が、奏でた言葉。
楽し気にすら聞こえていた音の代わりに、空間を一瞬満たしたその言葉を、僕はうんともああとも言えずにただ聞いた。
その謝罪が、何にたいしてのものなのか。そもそもそれは謝罪を意味しているのか。
脳が判断するのを少しでも遅らせる為に、僕は彼女のグラスを見つめた。
どんな小さな音でもいいから。
どんな少しの間でもいいから。
この空間を満たして欲しくて。
すっかり濁った緑色の中で、先ほどの余韻を残しまだ少し回っている氷に、僕は必死で耳を澄ます。