第125期 #8

恋愛って

「恋と愛って書くのはなんでなの? 」
って聞いたのは、コンビニでバイトしてたときにつきあってた女子大生のよりみちゃんでした。僕はそのころ四六時中彼女の学生マンションに入り浸っていた。
「恋は始まり続ける、愛は終わり続ける」
彼女は、赤く荒れ気味の手でショーツをつまみ上げながら続けた。
「恋は分かるの、恋は。でも愛ってなに。だって恋が終わったらもう何も残らないよね」
突然もう何年も吸っていないたばこが吸いたくなった。
天井を見つめながら、猛烈にたばこが吸いたくなってきたので大きく息を吸った。
吐いた。
「だから、恋は出会いのメタファーで全ての衝突のポジティブな面を象徴しているんだ。ネガティブな面は殺し合い。愛は全ての存在のメタファーで言うなればそれは慣性のポジティブな面を示している。ネガティブな面を象徴するのが悪魔だ。明も暗も本質的には同じだけど恋と愛は本質的に違う物だ」
あらかじめ言っておくと、次に彼女が言ったのが予想外の言葉でした。
だって彼女は僕の事を読めない難しい文字でできた怪物だと思っていたからです。そのことは今になるとなおさら、とてもはっきりと思い知らされる。
「つまり……母親があたしにとって悪魔みたいだったのも愛だったって事? 」
よりみちゃんはあまり幸せな人ではありませんでした。
懺悔するならば、そのころ僕もそのことに引き寄せられた人間の一人でした。
「そう考えることが何かの解決になるのならば、そう考えるのは悪いことじゃないのかもしれない。でもそれで何かが解決できたからって、それが何もかも解決できる訳じゃないって忘れないで欲しい 」
「つまりね」
と、よりみちゃん。
「結局、あたしは母親に愛されなかったから、愛が分からないんだと思ってたんだ、今」
例えば部屋の扇風機がくるくる回っていたのが目に焼き付いていて、夏のころの記憶だったような気がするんだけどそれが扇風機じゃなくてストーブの上のやかんの蒸気を逃がすための換気扇のファンだった気もするので、季節が思い出せない。だからよりみちゃんの言う今がいつなのか、分からない。
「……それが分かった」
「分かったんだ? 」
「分かったらもう、そうは思わなくなってる……」
僕が大きく息を吸うと。
シガレットケースに赤い指を差し込み、何度断っても全然懲りない彼女がまた言った。
「いる? 」
そんなところが好きだった彼女とは、冬につきあい始めて次の冬に別れた。



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