第125期 #7

ぼくらの東京タワー

 高層ビル群の中を東京タワーがそびえ立つ景色を見られるスポットはそんなに多くない。それならと、直接、東京タワーに行って見上げてしまうと、赤く分厚い鉄筋にしか目がいかなくなる。だから、隣にある芝公園のベンチに座って、視界に全体が収まるくらいが、ちょうど良い。

「戦後は東京タワーと一緒に成長していったようなもんだから、団塊の世代にとってみたら、あれは彼らの精神的シンボルともいえる。ただ、最近はイルミネーションだ、なんだと色気を出してきたから、そう言う意味で、余裕が出て洒落っ気に目覚めた団塊というのも同じだな。なんかこう、今は、東京タワーじゃなくて、”Tokyo tower"って感じだ」
 それからおじさんは、アメリカの陰謀説、地理的な風水の話、軍事兵器説、と東京タワーにまつわる話を色々教えてくれた。
 じゃあ、スカイツリーは? と尋ねると、
「ありゃあ、駄目だ。なんの精神性もない。ただの模倣、焼き直しだ。前と同じようなものを作ればいいだろうってのが伝わってくる。今の若い奴と一緒さ。チャレンジする意気込みみたいなのが感じられない。もっとこう思い切って、でかい門を作るとか、オブジェみたいなものを建てちまえば良かったんだ」
 シャープペンを逆さにしたようなスカイツリーの姿を思い浮かべる。充分、オブジェみたいじゃないか、と心の中で思ったが、言われてみれば確かに、居心地悪そうに独り立っている姿は、なるほど、平成を生きる僕ら若い世代の象徴なのかもしれない。どこか寂しげだ。

 赤い鉄筋の脚を四方に伸ばしながら、皇居を囲む三環状九放射の高速道路と、その隙き間を埋める街並を毎日眺め、車の列が残すテールランプの血液の光が、ちりばめた星のビルの合間を縫う時間になれば、夜空を横切る飛行機を見上げて、その身体をオレンジに灯す。それは宝剣のように荘厳で、焚き火のように神秘的だ。
 ――あれが、日本の経済の狼煙だ。
 やがて、いつの日か東京タワーが取り壊される日がくれば、その時、東京タワーは泣くのだろうか? そのとき、東京の姿はどうなっているのだろう。
 そのことをおじさんに尋ねてみた。
「そんときは東京も、”Tokyo"になってるだろうさ」
 午前零時になって東京タワーの灯りが消えた。しかし、その存在は明りが絶えない街でもくっきりと切り絵のように浮かび上がる。
 隣を向く。――もう、おじさんの姿もそこになかった。



Copyright © 2013 だりぶん / 編集: 短編