第125期 #14

留真温泉、忘れ難し。

そろそろ、どこぞで、小説の構想でも練ってみるかー。
まーそんなワケで、北海道の留真温泉に浸かっています。

ここは透明な温泉で、お湯は青みがかっています。
お客は当方ただ一人。


一人ゆらゆら湯に沈み、青い体でアレコレ考えます。
外は雪、ひなびた温泉だけに、邪魔する者は無し…。
なんだか良き構想が浮かびそうで…、アリガタイ!

「お湯戻しの木乃伊物語」とか「つまりアンタの錯覚です」とか…。
湯気に誘われて、かってない小説の構想が、次々と立ち昇ります。

小一時間、機嫌よく構想を練っていると、湯客が一人。

その客人は、どーも夫婦らしく女湯にも人の気配があります。
お湯をかぶったり、カラダを洗っている、らしい音がします。

男湯の御仁はこちらに軽く会釈をして、湯の中へ。

当方も頭を下げてその後は黙然として、あいかわらずのお湯の中。

コチラは、湯の中で、目を瞑って鉛筆持ったつもり、
ときどきメモを書いているつもり…。

青い湯の中で、でシワシワになった指を動かして構想を練り続けます。
もう少しでいい感じのラストシーンが浮かび上がりそうです。

すると、静かになった女湯から、なまめかしい声が…。
「パパァー」

「うーん」
「そっち、誰かいるー?」

「うーん」
声のトーンが下がります。

「……………まーだぁー?」

「…うぅーん」
こんどはトーンが上ります。

「変な人、居なくなったら、云ってねー」

「…ぅう〜ん」

「そしたら、そっち、行くから」

降って湧いたか如く唐突に「変な人」になってしまった私は、

いささか憮然として、湯から上がって、浴室を出るのでした。

この留真温泉には、女湯から男湯に来る潜り戸があるのです。

カラダを拭いて服を着けていると、潜り戸がギィーときしみます。

それから、風呂場で男女の含み声が聞こえます。

ときどき、ナニが可笑しいのか、笑い声が混じります。

外の雪を見て、変な人はクシャミを2つほど。

「ハックション、ハックション」 こりゃ参ったね。

一誉め、二誹り、三惚れ、四風邪…?

えーと、ワタシは、湯の中で、ナニ考えていたんだっけ?


書こうとしていたアイデアは、惜しいことに忘れましたが…、
忘れがたい温泉の思い出が、また一つ出来たのでした。



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