第125期 #13

雪見草子

「島流し?」
「シマエナガだよ」
 画像検索により、パソコンの画面に小鳥の写真が並ぶ。シマエナガ、シマエナガ、シマエナガ。尾の長さに比べて体は小さく丸っこく、真っ白な顔につぶらな瞳。本州にいるエナガとはまるで格が違う可愛さだ。僕はこの小鳥を北海道のシンボルにしてもいいと思うくらい気に入っている。しかし残念ながら、背後からは全然関心の気配がない。

 シマエナガの群れがチルチルと鳴いて、頭上の林冠で戯れる。それを見上げていると首が痛くなる。ゆっくりと吐く息は外気との温度差が五十度もあり、人肌程度なのに沸騰したみたいな湯気をなす。手袋に収まっていても、立ち止まっていれば手はどんどん冷たくなる。シマエナガはもこもこして温かそうだ。そんなとき、僕はふと妹の手を思い出す。

 振り向くと、妹は何かの雑誌を読んでいた。今年で十七になるから、もうお年頃というわけで、兄が振る話題に食いつく暇もないくらい「セイシュン」でもしているのだろう。「セイシュン」とはつまり、毎日毎日が楽しくて仕方がない状態のことだ。ところで僕は「セイシュン」を経験した覚えがないくせに、高校時代に家族と交流した記憶もあまりない。無論勉強した記憶もない。そんな僕に、なぜ妹が「セイシュン」しているのだとわかるのか……別にわかっているわけではない。どうせだったらそうあって欲しいのだと、勝手に思っているだけである。

 小さい頃の妹はシマエナガのようだった。これは安直な喩えだが、しかし可愛らしかったことに変わりはなく、似ているといえば、似ていない事もない。雪にまみれて一緒に遊んでいるうちに、僕の手が凍傷になりかけたことがあって、半べそをかく僕を励ましながら、妹は小さい手で僕のできそこないのゴムみたいな手をさすってくれていたものだ。そのときの妹の顔が、どこか凛々しくて、真剣な様子に僕は余計泣くのを止められなかった。

 暖房の効いた部屋で、妹は黙然と雑誌を読んでいる。シスコンと呼ばれたくはないが、妹は今も可愛らしいほうだと思う。シマエナガの写真を一枚、パソコン画面いっぱいの大きさで表示し、座っている椅子を机正面から少し横にずらして、僕は妹の姿を眺めている。自分から声をかけたら負けのような気がする。でも妹はこちらの視線に気付きもしない。どうにかしてシマエナガの可愛さに目を向けて欲しいと思うのだが、どうやら、この部屋はちょっと暖かすぎるらしい。



Copyright © 2013 霧野楢人 / 編集: 短編