第125期 #11
静かな夜でありました。少しばかりの湿りを帯びた雪が、ほつほつと地に落ち続けていた夜でもありました。
雪の中、広野の上にぽつり残った私の小屋の扉が、とつんと叩かれました。
「どなたか」「おりませんか」「もし」「開けてくださいな」
途切れ途切れの、か細い女の独声でした。けれど扉越しに生き物が漏らす濃い気配は、決して一つではありませんでした。
そう、きっと儚げな声の女の後ろには、仲間の男が刃物でも握って舌なめずりしていたのでありましょう。ひきかえ私は盲いた老人、せめてもと杖を握りしめ、小屋の隅で息を小さくしておりました。
やがて、女の激しい声がびりびりと空気を震わせました。
「いるんだろ、開けなよ、開けなったらこの人でなし」
私は震えながら耳を塞ぎひたすらジっとしておりました。
しばらくすると叫び声はすっかり消えて、雪の落ちる音だけが残っておりました。
私はおそるおそる外に出、そして何やら大きな固まりを踏み、叫びながら転びました。地面に這いつくばったまま震える手でまさぐると、どうやらそれは女の亡骸のようでありました。私はそのとき己の間違いに気がつきました。気配が一つでなかった理由は、死んだ女のせり出した腹がはっきりと物語っていました。
私は己の愚かさを心底呪いました。これがこの、話の哀れな顛末です。
……お客様は、鋭くていらっしゃる。
そうです。私は端から気づいておりました。女は身重を告げておりました。私はただ、女の出産などという大変なものに関わりたくない、その単純に面倒の気持ちから、居もしない悪党を作り、扉を開けない理由にしたのです。
冷えた女の腹に触れたとき、腹はどくりと震えました。母より僅かに生き長らえていた赤子が、腹の中で力を振り絞ったもののようでした。
私の見えぬ目には、悪鬼のように醜く赤い小さな顔がはっきり浮かびました。それは母の仇を討たんとして、ずぐっと腹を突き破り、私の喉笛を噛み千切りました。
……ええ、もちろん、それは私の頭が見せた一瞬の幻でございます。赤子は腹からちょっとも出ないまま、静かに萎んで死にました。
私のしたことは誰も知りません。死んだ女すら私の顔を知りません。私さえ口を閉じていれば、責める者などおりません。
しかし私はそんな己に耐えられない程には、自分を善人と思っていたようで……いえ、これはただの作り話、寂しい老人の独り言でございます。