第124期 #6

恐慌の町

 廃壊し、人気のなくなった町の、砂塵が吹きつける中を、ケビンは歩いていて、この地を去る前に、彼は一本のギターを手に入れたいと思っていた。これからの、どこへ辿り着くのか知れない移動の先々で、彼は人々を和ますギターが欲しいと考えた。しかし本当は、自分が和まされたくてギターが欲しいと思うのだ。
 砂塵に塗れ、日差しと乾燥した空気にいぶられながら、一日働き続けても、その日を凌ぐには足りない賃金しか手に入らない。一言彼らに物云えば、代わりは他にも居るのだと胸を突かれ、その手を退ければ、何だお前は、赤か赤かと問い詰められ、赤ではないと答えれば、だったら働け、鍬を持つのだと急き立てられる。人々は仕事を求めて、家具をトラックの荷台に積んで、西へ西へと移動していた。
 人気のない町に、誰に乞うのか物乞いが、道路の脇で蹲(うずくま)っている。物乞いは砂塵に吹き晒された、黄掛かったシーツで身を包んでいた。地面に置かれた灰皿には、一セント硬貨が四枚と、五セント硬貨が二枚、埃と砂に塗れていた。横から見える老父の頬は、白い不精な髭に覆われている。
 ケビンが前を通り掛かると、男はむくりと顔を上げ、灰皿を掴んでは前に差し出した。
「じいさん、俺と一緒に西へ行くかい」とケビンは尋ねた。男の目はうつろ気で、暫く眼の前の彼の姿を見つめるが、彼の手がポケットへ伸びていかない事が解れば、また首を擡げてもとの格好へと戻っていった。
 路の前方から叫び声に似た物が聴こえてきた。
「神よ! 我を! 大地を! たァたァえたまえ!」
 鶏のような陰が、砂埃の向こうに見えていた。茫々に伸びた白髪頭と、頭上で合わせた両の手を、老婆は激しく振っていた。色褪せたスカートから伸びた脚は、常に着地点を見誤っているように、ふらふらと地面に落ちるため、今にも転びそうだった。
「神よ! 我を! 大地を! ……ううぅ」
 足を縺れさせた老婆は地べたで呻いた。
 物乞いは老婆をじっと見つめていた。老婆は目端に入った二つの陰と、壁の小穴から覗かれているような視線に気付くと、
「何見てんだい! この碌でなしの穀潰しの、エロジジィ!」
 と声をあげ、また祈祷を繰り返して歩いて行くのだった。
 物乞いは、何も聞こえなかったように顔色を変えず、もとの形に蹲っていった。物乞いの周りは誰も居なくなった。ケビンはどうしたかって? 彼は顔を赤くしながら既に去って行ってしまったよ。



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