第123期 #8
錯乱したのだ。
そして部長である自分の普段届かない心の奥の扉をノックしたのだ。
きっかけなど覚えとらん。少し飲み過ぎたことと、若い網タイツの女の足が太く、網が皮膚に食い込み気味だったこと。女の太ももを押さえつけているあのタイツの凶暴さがわたしに噛み付いた。何かがはじけとんだ。打ち上げ花火のようだ、と私は思ったよ。ひゅーっと小さな火種が上昇する、高いところ、私の中のかなり高いところで火種は炸裂した。光のパレードだ。赤や青や黄色、鮮やかな光が縦横無尽に動き回る。少し遅れて聞こえてくる炸裂音。私は七色に照らされ、鼓膜を破られ、脳幹をやられた。もうとまらない、とめられない。すぐにトイレの個室に駆け込んで、鞄の中からガーターベルトを取り出して、履いたよ。もちろん、ズボンを脱いだ状態で、少しきついぐらい、引っぱられたわけだ。ガーターベルトはね、常時持ち歩いている。いつ何時必要になるかわからないからね。現にこうして持っててよかっただろう?他にもちゃんと一式持ってるよ。ミニ・スカートも、ブラジャーも、ブラウスもね。次々取り出してはそれを身に付けた。夢みたいだったよ。口調もね、私、から、あたし、にかわってしまってね、あたし、きれい?なんて鏡に話しかけてみたりした。ああ、すでに個室はでているよ、私は共有スペースに出ていた。無意識のうちにね。鏡に映った姿は、お世辞にも綺麗とは言えなかったけれど、どこかしら可愛らしさがあった。ちょうどね、身に付けたガーターベルトはピンク色で、それが色白の私によく似あっていたんだ。自宅では何度も身に付けていたし、当然その姿を何度も見ていたわけだけどなにか新鮮でね、私は思わず微笑んでいたんだ。その時トイレに入ってきたのが、部下の野口くんで、私の姿を見て言葉を失っていたが、言い訳などせずにね、さらに微笑んでやった。野口くんも笑ったよ、それですっかり打ち解けてね、でその、野口くんが今の彼です。