第123期 #7
マイケルは白か黒かと踊り叫んだ。メディアは彼を黒に戻そうとした。彼は白でも黒でもないんだと答えた。赤は、色の無い世界では明るさによって白くも黒くも写る。
華奢な体に大きな外套が合っていない。錆びれたカメラ屋の前で水溜りが乾いていた。煉瓦畳の隙間に、七角形の五十ペンスが立っている。それを見付けて拾い上げる。ブリタニアの顔に付いた土を拭う。カメラ屋のウィンドウにはライカが並んでいた。
天国があったら目を細めて見てやるんだ。そうすれば眩むことなく真実が浮かび上がるだろう。
地獄があったら目を開いて見てやるんだ。そうすれば暗闇の中でも確かな物語を見付けられるだろう。
街にそびえ立つ塔は、何よりも暗い影を街に落としていた。平たく曲がりくねった赤煉瓦の道。影は霧の街を突き刺していた。
外套とハンチング帽は亡くなった父の物だった。目深にかぶった帽子から赤い頬が覗く。その上に粉吹く白い跡。バラバラに伸びた赤毛の髪。
“明暗を、穏やかなまでにたくましく捉えるそいつで、この世の全てを曝してやりたい。”
ライカのウインドウに握ったコインを投げ付けた。「ガチッ」とコインとガラスのぶつかる音が響いた。ウインドウには、小さな跡を残しただけ。転がったコインが向けた面にブリタニアはいなかった。
拾い上げた煉瓦をウインドウへ投げ付け、カメラとフィルムを奪い走った。誰も見ていなかった。人の手がすぐに今、どこからか伸びてくるような気がしてとにかく走った。
路地裏に逃れて、手にしたライカにモノクロフィルムを装填する。白い息が掛かる。呼吸は収まろうとしない。寒さで頬が痛い。肺が痛い。頭が熱い。手が震えている。ぐるぐる、頭の位置が定まらない。足が浮いているようで、眩しい。何回か、両膝に力を入れる。
音も無く、知らぬ間に近付いていた赤色。真っ赤なコートを着た女が立っていた。こちらに憂いの瞳を向けていた。
瞳孔の開いた目に一面の赤は白く写った。女性の口元が動く。気付けば自分の方に手が伸びて来ている。その時、耳には何の音も届いていなかった。頭の動顛は抑えが利かない。
のどを開く。のどの振動だけが体に感じる。肺をふり絞る。自分の声も耳に届いていなかった。拾った煉瓦で、伸びる手を振り払って、頭を殴り付けていた。
……顔色が悪いわよ。だいじょうぶ?……
倒れた女。赤煉瓦に染みゆく黒い血溜まり。その中に雪は降っては溶けた。