第123期 #5
窓のない四畳ほどの狭い部屋の中で、中年女性がばばばばと言葉を捲し立てている。
「あのねあなたね私に悩みを解決してほしいのかただ悩みを聞いてほしいのかどっちなのよ私はあなたのママンじゃないんだから何もかもあなたに合わせてあげたりはしないしあなたがいつまでもそんな態度だからいつもあなたは30分しか面会時間をもらえないわけお分かり?」
「うふふ分かりました。あなたって素晴らしい肺活量お持ちですのね」
「馬鹿にしてんの!」
怒声と一緒にきしゃんかしゃんぱこーんと音を立てて食器が飛ぶ。それらは全て軽くてぽたっとしたプラスチック製であり、思いきり叩きつけたところで鏡一枚にヒビすら入れられないものなので誰の心配にも及ばない。
中年女性は床に落ちた皿を拾い上げ、再び目の前の相手を睨み付ける。
「あんたの悩みはなんなのよ聞くわよ聞きます私の仕事だものね嫌だけど仕事だからね仕方ないわねそれがねほらいいなさいよ早くさあ早くあともう5分しか残ってないわよ」
いらいらと右手首の時計を眺める中年女性の動きに合わせ、相手も左手を口元にやってくすくす笑う。
「そんなぷんぷんしないでくださいな。同じことをお願いしてるのよ。私、ここから出たいの」
「無理ねあんたみたいなやつは世の中には出られないようになってんの世の中はね人並みの人のためのものであんたみたいにまともじゃない人間は自由なんかいつまでももらえないの、よ」
「なぜ、どうして。私が、まともじゃないだなんてあなたに分かるの?」
「なぜって!私に分かるかって?あんた馬鹿なこと聞くわねそれはあんたが」
中年女性と、向き合う相手が一歩ずつ距離を詰めた瞬間、女性の背後で部屋の扉が開き、制服を着た若い男性と年配の男性が顔を覗かせた。
「はい、いいですか。30分経ちましたよ」
年配の男性がそう告げた瞬間、中年女性はふっと気の抜けた顔になる。そのまま食器を持って踵を返すと、すたすた部屋を出ていった。
若い男性はそれを呆気に取られたように見て、部屋の中を眺めて、それから救いを求めるかのように年配の男性に振り返った。
「なんか、すごいおばちゃんですね。一人で30分も捲し立てて」
「まあね。しかし君もすぐ慣れるだろうさ」
年配の男性はそういって、中年女性が開けっぱなしのままにしていった扉を静かに閉めた。
窓のない四畳ほどの狭い部屋の中には、古い姿見が一枚、しんと立ち尽くしている。