第123期 #4

長蛇の列

 十二時に始まる新機種の発売を行列の中で待っていると、前に立つオヤジのところに女の子がやってきて親しげに話し始めた。
「やあ、さっきはどうもね」
「お菓子おいしかったよ。ありがとうおじちゃん」
「お母さんは見つかったかい?」
「うん。お母さんも、ありがとうって」
 僕は彼らがどのようにして出会ったのかを察した。僕は寝坊したから列の最後尾に近い位置にいたのだが、前に立つ彼はそれよりも前からここに到着していて、本当はもっと先頭側にいたのかもしれない。迷子の女の子に敢えて列から外れて手を貸そうとしたのは、この長蛇の列の中でオヤジだけだったのだろう。
 子供は駆け去っていく。その先に母親の姿は見えなかったが、そのまま子供は雑貨店に入っていったので、きっとそこで待機しているのだと思われた。母親自身が御礼を言いにこないのはおかしなことだ、と思っていると、きょろきょろと周りの視線を気にするように首を回していたオヤジが僕を見る。
「おい、今のお嬢ちゃん、可愛くなかったか」
 そう質問を投げかけた事がすぐに恥ずかしくなったのか、彼はヒッヒと笑って雑貨店とは反対方向の雑踏に顔を背けた。街は冷えている。熱を奪われたというよりも、冷たさが沁みこんでいてどうにも寂しい景色だった。僕も所詮はその一味だから、無視しようと思えばできたのだろう。だがオヤジがそっぽを向いてしまうと、なんだか自分の寂しさを許せなくなった。
「可愛かったですね」
 そうか、とオヤジは嬉しそうに笑った。僕も彼と同じほうを向いてみるが、彼が何を見ているのかは分からない。何かを見ているわけではないのかもしれない。
「あの子、俺の子かも知れねぇなぁ」
 僕はオヤジの顔を見た。オヤジはまた恥ずかしそうな笑顔を浮かべていた。「顔、似たもんだなぁ」と、夢でも見ているように呟く。ただしもう、雑貨店のほうを振り向こうとはしなかった。そのうちに子供と母親は外へ出てきたのかもしれない。母親がどんな女性であるか、僕はとても気になった。知り合いでもなんでもないオヤジの、知り難い人生に触れられるからだ。だが僕も親父と一緒の方に向き直り、そのまま振り返る事はなかった。そのほうが、温かい気がした。
 十二時を回り、発売開始の号令が響く。頭がわらわらと動き出す。オヤジは新機種を買ったらまずそれを使ってギャルゲーをプレイするのだという。寄寓なことに僕も同じだった。僕らは笑い合った。



Copyright © 2012 霧野楢人 / 編集: 短編