第123期 #13

ストローベイルガーデン

 藁は年を越さない。
 モビールや帽子、衣服に仕立てて冬の収入に充てる地方が多いけれど、私の村は多少事情が違う。
 収穫祭が終わると、担当家の庭に藁が集まる。家長が門前に立ち、一人一人、丁重に礼を言っては、てるてる坊主形にまとめられた藁を受け取る。家人がそれらを庭の端から一定間隔で立てて行く。
「お母さん、重いね」私は言う。
「火をつければ軽くなるわ」
「煙臭くなるかしら」
 母はにっこりと被りを振った。
 庭の三分の一が藁人形で埋められる頃、私は季節外れの瑞々しい汗をかいている。藁の温かみか、儀式への昂りか。
 藁束には一本ずつ、魔除けの植物が入っている。ヒイラギもあればローズマリー、珍しいところではドラセナ・マッサンゲニアを使う人もいる。どこから持ってくるのだろう。
 私はシチュー用のローリエを多めに買っておいて、余った分を我が家の藁坊主に突っ込んだ。
 夕日は枯れた葉と共に落ち、夕飯のありがたみを増す。父は収穫期の鬱憤晴らしとばかり、毎晩飲みに出かける。朝方戻り、お土産の酒を藁の頭に掛け、軽く拝む。母も夜、自分のココアに一匙だけブランデーを混ぜる。
 秋から冬にかけては殆ど雨が降らない。畑は子供達に踏み荒らされながら土作りの冬を待つ。収穫祭で結ばれた男女は厩にこもる。
 冬至の日が暮れる頃、村人みんなが我が家の周囲に集まった。
「お父さん、みんな来たね」私は言う。
「こんなに集まるのは一生ないかもな」
「ちゃんと燃えるかしら」
 父は頼もしい手で私の頭を撫でた。
 村長から三本の松明を授かり、開始合図もないまま、私達は藁坊主に火を放つ。内側から始めて順々に外へ。母屋に火が移らないか不安もあったけれど、乾いた音が弾けるたび、少しずつ霧散する。
 煙の匂いは坊主ごとに異なる。最初は一つ一つを嗅ぎ比べてみるものの、五つめ辺りには全て混ざって訳が分からない。魔除けの匂いとしか表現できない。友達が言っていた通りだった。鼻が悪いなんて言って一昨年馬鹿にした男の子に、後で謝らなければ。
 村の人達が控え目にどよめいては何かに祈り、あるいは今年亡くなった人のために鎮守の詞を謡っている。
 やがて庭全体は燃える藁坊主で埋め尽くされる。煙と炎に取り巻かれた家は村の祝福を受け、新たな年の太陽となる。藁、酒、魔除けが夜空に上り、煤まみれの私は、巫女として次の一年を生きる。
 こっそり忍ばせた羊肉は良い燻製に仕上がるだろうか。



Copyright © 2012 キリハラ / 編集: 短編