第123期 #12

 帰省先へと私を乗せて走る列車の車窓から、街道沿いに植えられた木々の紅葉が見えた。そう言えば、もう秋も終わるのか。どうにも都心で過ごしていると季節の流れから取り残されているような感覚に陥ってしまう。季節という名前の艶やかな宝石が放つ、久しく知ることのなかった懐かしい眩しさをやけに新鮮に思う。

 三回忌だった。母の遺影を前に親戚たちが一同に会する。久しぶりに会った父や兄たちは少しも変わった様子も見えないけれど、挙動の端々に彼らを確実に捉えつつある老いの存在が見え隠れした。
「そう言えばえっちゃん、今四年生なんでしょう?働き口は見つかりそうかね」
 親戚の叔母さんが私に訊いた。思わず私はギクリとする。
「まあ、どうにかなるよ」
「お前のどうにかなるは一番信用ならんからなあ」
 既に赤ら顔の兄が笑いながら言う。つられて父も大笑いする。私は不貞腐れたように少し声を荒げて繰り返す。
「どうにかなるって」
 そう言ってから、その言葉を自分の中でもう一度、確かめるように小さく呟いた。

 座を抜け出し、幼いころに母に連れられてよく行った公園に一人出掛けた。人影は無い。小さな池の前のベンチに腰掛けて煙草に火をつける。
 昔、この池には大きな鯉が何匹もいて、食い入るように眺めたものだった。しかし、今見てみるとそこにはたった一匹の姿しか見えない。丸々と太った立派な鯉が悠々と泳いでいる。一体残りはどこに行ってしまったと言うのだろうか。
「あいつは残されちまったんだな、ここに」
 ふらりと背後からやって来た見知らぬ初老の男がそう言い、私の隣にどすんと腰掛ける。
「もうすぐ、冬が来る。その前にお役所が池の鯉を皆とっ捕まえて、どっかで冬の間保護しとくんだわ」
 と、男がこちらに手を伸ばして来た。説明のお礼とでも言うのだろうか。仕方なく煙草を一本渡して火をつけてやる。
 確かに言われてみれば、その池の鯉は何だかやけにさみしそうに見えた。私たちに気が付いたのか水面に顔を出し、一心不乱に口をパクパクとさせている。しかし、生憎私は投げ入れる餌を何も持ってはいない。このまま忘れ去られたこいつは冬を越せずに死んでしまうのだろうか。不安になった。
「まあ、姉ちゃんや」
 ふう、と美味そうに煙を吐きながら男が言う。
「どうにかなるんだよ」
 チャポチャポと鯉は水面を波立たせ続ける。私はもう一度、自分の中でその言葉を繰り返す。

 どうにか、なる。



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