第123期 #10
熱を出して学校を休んだ。ベッドに横になって天井を見ていると、薄闇の中にふっと白い顔が浮かび上がった。おかっぱ頭の女の子だった。蝙蝠のように逆さになって体育座りしている。右手をひらひら振ると、無表情で左手をひらひら振り返してくる。変な夢だなと思った。しばらく見つめ合っていたら消えてしまった。
それから、たびたび女の子が現れるようになった。決まって私が部屋に一人でいる時だ。二度目に会ったとき裸でいることに気づいて、古い寝間着を恐る恐る差し出した。渡した瞬間ひやりとした冷気が指を伝い、思わず手を引っ込める。ピンク色の寝間着はみるみる灰色に変わった。
私は女の子に色々なものをあげた。お菓子はチョコのかかったビスケットが好きらしい。マンガはぱらぱら捲っていると思ったらなくなっていた。座敷わらしという妖怪を知り、女の子に名前をつけた。「天井にいるから天井わらし。略して天ちゃん」。女の子は首を傾げた。
私は夜が苦手だ。電気を消して布団にくるまると、ドアの隙間から大きな影が潜りこんできて私を押しつぶす。体は紙のようにぺちゃんこになって動かせない。目の前は真っ暗で耳も聞こえない。
やがて、目が暗闇に慣れるように周りがぼんやりと見え始める。影はいない。時計の秒針の音が聞こえて、ようやく体が厚みを取り戻す。それでもまだひどくだるい。まるで自分の体じゃなくなってしまったみたいだ。
私はベッドに横たわったままで右腕を持ち上げる。天ちゃん、と呼ぶと、暗い天井から白い腕がすっと下りてくる。手に触れる。指先から肌の色と体温が失われていく。じわじわ痺れるような感覚に安心して、眠りにつく。
よく晴れた日の午後、私は窓から外を眺めていた。女の子が現れ、天井に膝立ちして窓を覗きこむ。
遠くに校舎が見える。もう長いこと行ってない。一日に何度も眠るようになり、起きていても自分がぬるい膜に覆われていて、色々なものが遠すぎて掴めなかった。
気がつくと私は窓枠に腰掛け、足を外に出してぶらぶらさせていた。風が冷たくて心地いい。女の子も逆様で隣にぶら下がった。手を繋ぐ。私の手は女の子と同じくらい白くなっていた。
空には雲ひとつない。鳥が数羽並んで横切っていく。気持よさそうだなと思って、私は飛んだ。つられて女の子が窓枠から離れる。ぐんと上へ引っ張られ、私は体から剥がされた。
二人はどこまでも広くて高い空へと落ちていく。