第122期 #18

僕らはみんな生きている

 家の前に携帯電話が落ちていて、見つけた途端に鳴り出したので反射的に拾う。
「もしもし」
 答えはない。すぐ切れた。私は家の前の塀にそれを立てかけて仕事に出かけた。帰ったら無くなっていたが、次の日には別の携帯電話が落ちていた。その次の日も。
 腹が立った私は携帯電話を拾い警察に届けようと歩き出してすぐに、また携帯電話を見つけた。私は意地になり、見つけた携帯電話を全部拾いながら交番を目指した。途中、もしかして誰かが道に迷わないように携帯電話を落としているのだとしたら……とか頭を過ぎるが無視。結局、私は交番に着くまでに17個の携帯電話を拾った。
 驚いたことに、交番の警官は驚かなかった。
「最近、多いんですよ」
「そうなんですか」
「発情期ですかね」
 何が。
「携帯電話が」

 警官の話はこうだ。
「携帯電話に入り込んで生きる生物がいます。カビみたいなやつです。それは電磁波とか熱からエネルギーを得て、微弱な電気を操って携帯電話を操作し、発情期には自分の好みの携帯電話を探して移動します。あなたの携帯電話は美人さんみたいだから行く先々に現れたのでしょう」
「足があるんですか?」
「ないです。移動はバイブ機能を使います」
 うっそだあ。
 しかし私はこの目で携帯電話の交尾を目撃する。
 真っ暗にした宿直室の畳の上には警官の選んだ二台の携帯電話。やがて、二つの携帯電話のライトが点き、同時に震え始める。ゆっくりと二台が近づく。まずスライド式のやつがちょんと折り畳みの方をつつく。折り畳みはびくっと震えるが今度は自分からスライド式に触れる。そこからは二台は本能のままに絡み合う。バイブによる愛撫。折り畳みが開いてスライド式を受け入れる。スライド式は挟まれながらスライドを繰り返す。折り畳みの充電用コネクタのカバーがぴょんと開いた。同時にスライド式のカバーも開き、反対側のSDカードが飛び出した。それから二台は明滅しながら最後に激しく震え、動きを止めた……。

 私は高揚した気分のまま家に帰り、持ち帰った一台の携帯電話と私の携帯電話を一緒に押し入れの中に入れた。今度は覗いたりしない。これは神秘的なことなのだ。
 そして、二台が愛し合った結果、生まれたのがアイフォーン。スマートフォンの祖である。

 という設定は、「その理屈だと携帯電話が生まれるのはおかしい」とかスティーブがしょうもないこと言って却下された。私はあいつが嫌いだ。



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