第121期 #9

まぐろ その20(まくら投げ編)

なんのために小学校最後の年に旅行に出るのか?
それは紛れもなく眠る前部屋で枕を投げるためである。
という解釈をある研究者は発表したように、やはりこの小学生たちも枕を投げ合っている。何の意味があるのか、明確ではない。半ば強制的に、誰からともなく投げ始め、ぶんぶんと枕が飛び交う状態になるまで時間はかからない。その状態になってくたくたになっても止めてはいけない、いったん始めた枕投げを止める唯一のきっかけは先生の怒鳴り声なのである。それがないことには決して止めてはいけない。
最初は枕であったが、やがてそこにマグロが混ざっていることに気づいた。異変に気づこうが、枕投げをやめてはいけない。やめること、それはつまり死を意味する。病気がちな中年にとっても、児童にとっても死は死よりも怖いもの。マグロが混ざろうが教師の怒鳴り声がない限りは止めるわけにはいかなかった。
児童のまだ甘さの混じるよだれが畳を濡らし、畳はふやけ始めた頃、マグロは空を泳ぎ始めた。泳ぐというよりは跳ねていたのかもしれないいや、やはり泳いでいたマグロは空で旋回して、ふわふわと舞う枕に体当たりし始めた。空を征するものは地を制すると思想を持っているのかもしれなかった。
やがて、教師の怒鳴り声がないにもかかわらず、枕は動きを止めた。ぷるぷると小刻みに震えながらマグロは部屋の空を泳いだ。誰も何も言葉を発することはなかった。
騒ぎが急におさまり不気味に思った教師が部屋の障子を静かに開けた。部屋ではマグロがぷるぷる泳ぎ、子供達はそれをじっと見ている。教師は、一言も発せず、大変ゆっくりと戸を閉めた。



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