第121期 #8

愛護獏チャイナ

 中国の奥地で夢を喰う獏が見つかり、またたく間に調教された愛玩用獏が全世界に輸出される。
 我が家にも獏がくる。弟が抱えた子獏に「中国産なのに小っちゃいな。名前はチャイナだ」と親父が嬉しそうに言い、反応のない俺達に説明を始めたので、皆面倒くさくなりそれを採用する。
 チャイナは体長20センチくらい、黒く艶のある毛で覆われ、足だけが茶色の縞模様になっている。尻尾の先のふさふさは母のお気に入りで、チャイナは小さな牙を剥きだし抵抗していたが最近ではされるがままだ。それでもチャイナは夜になると我が物顔で家を闊歩し、俺たちの悪夢を食ってまわる守護獣になる。
 しかし俺はチャイナに迷惑していた。俺と有希がイチャつく夢を、チャイナが食べるようになったのだ。
 チャイナは学校帰りの有希を一呑みにし、カラオケで演歌を歌う有希を頭から齧り、ケーキを食べる有希をケーキごと食べた。

 その夜、俺は暴れるチャイナを捕まえ、悲しそうな顔の弟に押し付けて、久しぶりにちゃんと有希に会う。
 有希は淡い水色のノースリーブワンピースを着て、花をあしらった木造りのサンダルがとてもとても似合っている。
「今日はどこに行く?」
「うーん」
 どこかの空を見上げて悩む有希。しばし目を瞑る有希。開眼する有希。
「遊園地!」
 有希はジェットコースターの頂上で怯え、ソフトクリームを慌てて食べ、風船を持った子供を優しく眺め、豚の形の風船を買い、観覧車で怯え、なのにまたジェットコースターに乗りたがる。可愛い可愛い僕の彼女。
「次は?」
 俺はもうどこまでも有希と歩きたい気分で、実際どこまでだって歩けた。でも有希は困った顔で上を指す。
「あっち」
「ダメだよ。そっちは」
 しかし有希はもう空に浮かんでいて、手には豚の風船。有希は僕の顔を見て寂しく笑う。

「嫌だ!」
 目が覚めると俺は泣いていた。また夜より深い闇が俺を包み、
 ブィーというマヌケな鼾が聞こえ、俺は枕元のチャイナに気付く。だらしなく涎を垂らして眠る想像上の生物は今度はグーと腹を鳴らした。
 唐突に、何かが俺を打ちのめし、俺は久しぶりに笑う。そしてチャイナに感謝する。そして優しい弟に、冗談の下手な親父に、無邪気な母に感謝する。失ったものは戻らない。でも確かに残るものはあるんだろう。有希の夢を悪夢にしていたのは俺だ。
 朝まではもう少し時間があった。俺はもう一度眠る。今度は笑顔で有希と会える気がする。



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