第121期 #7

ステラマリス

「ステラマリスだろ。一度は行ってみたい所だよ。地中海に面したレストランで、周りには何も無くてさ。スカイブルーの海と白い浜辺とステラマリスだけがそこにはあるんだ。まず日がな一日、何もせずにビーチに寝っ転がってさ、サンオイルを塗って全身を焼くんだ。一冊だけ本を持ってきて、海を眺めるのに飽きたらそれを読んでもいいよ。喉が渇いたら、果物売りがビーチをまわっているから、声をかけてココナッツジュースでも頼むといい。それがお金をかけない贅沢ってもんだよ。日が暮れてきたらシャワーを浴びて着替えるんだ。品の良いポロシャツか、ちゃんとアイロンがかけてあるワイシャツなんか着るのが粋だな。そこはやっぱりレストランだから、襟付きのほうが良いに決まってる。ジャケットに短パンなんて組み合わせも洒落てるな。上級者だよ、それは。ステラマリスに入ったら、絶対に窓際の席に行かなくちゃ。予約しとくのが無難だけど、時間に縛られるみたいでやだろ。俺みたいな通は予約なんてしないんだよ、それも粋ってもんさ。まずはシャンパンでも頼むんだ。喉が渇いたところに舌から染み込んでいくのがわかるくらい、旨く感じるはずさ。食べ物は何を頼んだって構わないけど、ムール貝のソテーだけは外すなよ。ステラマリスに行く目的の一つだからな。いい具合に酔いもまわってきたところで、いよいよお待ちかねのサンセットってわけだ。ステラマリスはサンセットに合わせて絶妙な音楽をかけてくれる。職人芸の域だな、最早。あ、そうそう言い忘れてたけど、ステラマリスには満月の晩に行くのがベストだ。夜になれば、海に浮かぶ満月とそれに照らされた雲、それとちりばめられた星たちが見える。そこにイルカでも偶然加われば、映画『グランブルー』のポスターの出来上がりってもんよ。……ん、何だって? 錦糸町のスナックの方? 最近見つけたから行きましょうって? ……まあ、ミラーボールの中、焼酎でも飲んでホステスに相手してもらうのも悪くはないが、こう、なんか夢がなあ……。何? ホステスじゃなくて店では人魚って呼ぶからイルカなんて目じゃありませんって!? うるさいよ! まったく……」
 こうして僕らが行った錦糸町にある「すてらまりす」は驚くほどくたびれたスナックであったが、月に一回だけ、人魚達がミラーボールの下で踊るショーがある「すてらまりすナイト」だけはマストだということを追記しておく。 



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