第121期 #6
ブラウザーでスキャンされた身体は徐々に見えなくなっていった。
「オーケー?」
「あぁ、完璧に見えなくなったよ」
家康の前にいる女は赤外線センサーを通してのみ、その存在が明らかにできた。赤外線センサーから目を離した家康が直に女を見やると、女の抜け殻みたくスモークがぽっかりとした空間を形作っていた。
宇宙エレベーター(二〇二五年に着工した高度三八〇〇〇キロメートル上空の宇宙ステーションと地上とを結ぶカーボンナノチューブを主軸とした高速エレベーター。宇宙ステーション内の発着場を海と呼び、地上の発着場を深海と呼ぶ)が実用化されて人類が極めて簡単に宇宙空間を往復できるようになった現代において、所謂、透明人間と呼ばれる技術はナノ構造の解明とともに具体化していった。
炭素構造を透明化させる技術(炭素を高温高圧下において合成する技術等)によって、元来炭素組織を持つ生物も理論的には透明になることが可能であったが、研磨正宗博士(航空宇宙物理学博士。現宇宙大学教授)の提唱した宇宙空間における炭素生成技術の飛躍的成果により、所謂、透明人間と呼ばれる技術が発見されたのは二〇四二年のことであった。
※記載にあたり、新宇宙センター(鹿児島県種子島沖南方五キロメートルにある人工の島)の資料を一部引用。
店内の通路を直角に二回折れ曲がると簡易的な応接室に繋がっていた。薄暗い応接室の照明は紫で蛍光染料を含む壁紙の模様が白く光って見える。近づいてきた業務ロボットが胸のモニターにコースを表示させる。普段Aを押す家康であったが、今日は念願のCを押した。
ロボットに通された室内に炊かれた薄いスモークは微量な湿気を帯びていた。奥にはシャワールームがあり、部屋と不釣り合いなサイズのダブルベッドと壁との隙間には赤外線センサーの装置とモニター一式があった。ベッドが面した壁はその一部が四角く切り取られ、この手の女が使いそうな雑多な小物とメンソールの細いスティックが置いてある。家康はそのスティックを一本抜いて鼻に近づけてみた。家康の嗅いだスティックは合法であったが、匂いを嗅ぐだけではその効果を確認できなかった。
五分程すると女がブラウザーとローションを抱えて家康の待つ部屋へと入ってきた。
「お待たせしましたぁ。Cコースのお客さんですねぇ」
女の声は随分と舌足らずであった。