第121期 #10

親切の魂

 親切が分からなくて、困ってるやつがいる。
 この困ってる青年は何かと悩んでいて、例えばそれは、あの時ああしておけばよかったという後悔からの、親切心のない自分の鈍感さだったり、自分の親切は自分自身の善良さのアピールなのではないのかと自己嫌悪に陥ったりして、もう、頭の中は悩み果てていた。
 この日もそうだった。
 朝、雨が降っている中、青年は駅に向かう途中に、乗り遅れたバスに追いつけと次の停留所に向かって必死に走っていた。しかし交差点に差し掛かった時、飛び出してきた自動車とぶつかってしまった。
 どのくらいの時間が経っただろう、車とぶつかったことは覚えているが体は痛くない。特に問題もなさそうだ。あの飛び出してきた車はもうそこにはおらず、どうやらどこかへ逃げてしまったらしい。青年は人の持つ残念な面も身をもって体験した。
 雨は上がっていた。バスも来ないようなので歩いて駅に向かうことにした。すると見ず知らずの人が車から窓を開けて声を掛けてきた。駅までおくってくれると言った。青年はその親切に甘えた。人の親切を感じると、また自分も、親切がしたいと強く思った。
 晴れ上がった駅のホーム、両腕に荷物を掛けたおばあさんがいた。かばんの中から何か探しているようだ。青年は荷物を持とうかと声を掛けた。おばあさんは首を横に振って「ありがとう」と言い、感謝の笑みを浮かべ、またかばんの中をさぐった。
 おばあさんの笑顔が心に染み込んでいくのが感じられた。青年もおばあさんを見て笑顔を浮かべた。するとホームに風が流れ、すーっとその青年の影が消えていった。
 ホームにアナウンスが流れ電車が滑り込んできた。おばあさんは見つけたハンカチで汗を拭きながら、車両の中に入っていった。
 両手に持っていた荷物を網棚に載せ、座席に腰掛けると扉がしまった。吊り輪が横に振れ、電車はゆっくり、次の駅に向かっていく。



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