# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 糸 | 乃夢 | 889 |
2 | 悪夢に挑んだ男 | J-Laurant | 403 |
3 | 彩りは窓辺に | 日火野 | 764 |
4 | コンプレックス・ブラザー | 黒猫探偵 | 535 |
5 | 巣立ったカッコーはどこへ羽ばたいた | オジィオズボーン | 1000 |
6 | 11/12(日) | 天川祐司 | 253 |
7 | 涙のあと | 岩西 健治 | 946 |
8 | おとなの | なゆら | 999 |
9 | 前進 | けんち | 902 |
10 | 十五歳の魔法 | qbc | 1000 |
11 | ロシアンルーレット | みむらすみれ | 994 |
12 | 海外滞在 | しろくま | 1000 |
13 | 英美が言いたかった7つのこと | 金武宗基 | 677 |
14 | 神のみぞ知るババ抜き | だりぶん | 991 |
15 | もしも娘が生まれたら | 朝飯抜太郎 | 994 |
16 | 完知 | ロロ=キタカ | 337 |
17 | 『誰がために潤う風』 | 吉川楡井 | 1000 |
18 | すきすきすし | 伊吹羊迷 | 999 |
彼が彼女に暴力を振るう理由は彼自身にもわかっていなかった。彼女は尚更のことわからなかった。理由だけでなく、いつから、いつまで、始まり、そんなことなんかも二人ともわかっていなかった。だけれど彼も、彼女さえもそれを辛いとか悲しいとは思わなかった。
在り来たりな理由だが、それが愛によって成り立っていると妄信していたからである。
はて、さて、今日は何が気に障って彼は私を転がすように蹴っているのだろう?鈍い痛みの中彼女は考えた。考えても結局、きっかけすらないのだから答えはないのだけれど。彼女は、何度も彼を疑った。本当は彼は私が憎くて暴力を振るうのかもしれないと。だけど毎回、彼は不器用な人間なだけで、彼の歪んだ感情を受け止めることができるのは自分しかいないのかもしれないのだから、と思うと彼を疑う気持ちはいつの間にかなくなっていた。
何故俺は今彼女に怒りをぶつけてるのだろう、彼の頭の妙に冴えた部分が冷静に、まるで後ろから自分を見ているかのように考える。下手するとぽきりと折れてしまいそうな手足、儚く消えていきそうな白い肌、普通の人なら軽く叩くことでさえも躊躇われるような弱々しい雰囲気を持つ彼女を、彼は今足で踏み付けていて、しかし彼は自分が何故そんなことをしているのかわかっていなくて。でも消え入りそうに床に横たわる彼女を見ているとそんな思いも消えていった。
ある日のこと、彼女は、ねえ、と一言彼に話しかけ返事も待たずに彼の上に乗って首を締め始めた。
これが貴方が私にしたこと、私にしたことなの。目に涙をため、震える声で彼女は呟く。
彼の力なら、彼女を押し退けることができたかもしれない。けれど彼はそうしなかった。驚いてそれどころではなかったのもあったけれど、彼は苦しそうにそれでも必死に口を動かし、ごめんな、と言った。確かに言った。彼女がこんなことをするまで思い詰めていたことに対してではなく、まして自分が今までしてきたことに対してでもなく、ただ言わなくてはならないような気がしたから彼はそう言った。彼女は彼の首から手を離し、薄く目を閉じる彼にキスをする。
二人の絆がぷつりと切れる音がした。
男は崖から堕ちる夢を見た
しかし其の例えは
唯の結果論に過ぎない事だと 男は気づいていた
なぜなら其の答えは 数ヶ月の月日(とき)を経て
日毎に男へと 夢の真理を辿らせたからである
男には生きる為の理由が在った 守るべきものが在った
助けねばならないものが在った
男は再び 崖から堕ちる夢を見た
しかし ≪堕ちる夢≫ と云う表現は
その男にとって馴染まぬ言葉であり
また 其の見た夢に対して 不適切だと違和感を覚えさせた
≪堕ちる≫と云う事は 何かから従わされたと云う事
≪堕ちる≫と云う事は 何かから抗うと云う事
男は一体 自分は 何に 抗っているのだろうかと 疑心した
其の夢は日毎に男へと 真理を辿らせ 伝えてくる
そして 数ヶ月の月日(とき)を経て
男は大切なものを 闇に奪われる
男は絶望した
しかし男は 其の波に抗い 立ち上がる....
男は昔見た 或の夢を憶い出す
男は 崖から堕ちるのではなく
自ら 飛び降りたのであると......
無機質なリノリュームの床は、陽光という彩りを得て彼の目の前に続いている。外の喧騒は届かず、靴が床を噛む音はより一層の主張をもって、壁に、天井に、窓に波を伝えた後、彼の耳へと届く。窓の向こうには鮮やかな青が遠くで点の連続を境に濃度の異なる青と混じりあい、船と飛行機が白の軌跡を描いていた。視界の左からは腕のように海へと伸びる半島が見え、半島の中程にはピンクの筋がひとつ岬へと続き、春という季節を物語っていた。
「たとえば・・・」
彼は独りごちながら、浮かんでくる思索を散る花びらを手に取るように楽しんでいた。それらは彼にとって愛でることのできる選択肢であった。花びらは光にかざして、その透き通る薄さや形や色を堪能することができる。一つ一つを丁寧に吟味しながら、彼はお気に入りのひとひらを探そうとする。ときたま、いたずら好きな風が彼を撫で、手にとった花びらはまた空へと舞い上がり、そして新しいひとつがまた彼へと舞ってくる。
うだるような暑さがやってくる前のこの季節を、彼は愛してやまなかった。しかし、この世の何かにつけてそうであるように、そう感じない人もいる。何かを楽しめるかどうかは、それぞれの置かれた状況によるのだ。彼はその事をよく知っていたし、よく知っているからこそ自分がたった今選択肢を楽しんでいられることをより嬉しく思っていた。
長く続く廊下は陽光と窓枠の影によって梯子となり、その終端には部屋へと続く扉と、その上には部屋の果たす役割が書かれたプレートが掲げられていた。プレートに書かれた図書室という文字が視覚を通して意味を成す距離まできた時、扉の横にもたれかかっていた人物がおもむろに顔を上げる。柔らかな陽の光に照らされ、少しまぶしそうに微笑んだ顔が彼へと向いた。そして、薄い唇が開き、彼はその唇もまた桜のようだと感じた。
その若い刑事は、あの探偵を嫌っていた。否、憎んでいたと言った方が適切だろう。
刑事より数段優れた頭脳を持つ、刑事よりも若い探偵。刑事は彼に嫉妬し、憎んでいた。
「なぁ、また解決されちまったなぁ。あの探偵君に」
「・・・・」
「我々警察が情けないよな。でも探偵君みたいな子がいると嬉しいよな」
「・・・・」
「将来は、日本を代表する探偵になるんだってよ。可愛いじゃないか?なぁ?」
「・・・・」
刑事の上司も、探偵を好いていた。
刑事よりも、ずっと信頼していた。
ある日、刑事は久々に実家へ帰った。夏休みがてらの墓参りのつもりだった。
「ただいま」
「あっ、おかえりー兄ちゃんっ」
弟が、満面の笑みで顔を覗かせる。
「夏休みの宿題終わったのか?後で後悔するのお前だぜ」
「宿題?初日で終わったよ。あと自由研究だけ。あとさぁ、『後で後悔』っておかしいよ兄ちゃん」
刑事がこれくらいの年の頃は、こんな台詞言いたくても言えなかった。刑事は荷物を整理する振りをした。
「あ、そうそう。兄ちゃん、あのさ?自由研究のテーマ、『実際の犯罪における犯罪意識とその心理』ってどうよ?この間の事件を例に挙げてさ」
刑事は険しい顔で振り向いた。
「どうかな?」
弟は満面の笑みを刑事に向けていた。
刑事は目の前にいる、探偵を睨み付けた。
私はその肉塊が、肉塊と呼ばれるに相応しい形状になったその瞬間、肉塊にかぶり付きました。肉塊には多量の血液が滴るほど含まれておりましたが、私は一心不乱にかぶりついたのでございます。大変おいしゅうございましたよ、と問いかけたところ、辺りに散乱する羽毛群がふわりと揺らめいたのでございます。まるでその群生に意思が存在するかのように揺らめき踊り始めました。しかし、そんなはずはございません。だってほら、風はこんなにも穏やかですし、これらに意思があるはずは無いのです。ではなぜ羽毛は動いたのでしょう。あなたはなぜ揺らめいたのと問いかけても、当然言葉はかえってきません。かえってきたのは言葉にし辛く、醜悪で汚ならしく吐き気を催すほど邪悪で禍々しい音の塊でした。私には到底言葉に出来ません。その音の塊を言語に変換し命を与える事で、私もあのような邪悪な塊を他者に投げ続ける事で、自分の存在を確立しようとする化け物の一部に囚われてしまいそうで怖くなったのです。私はこの化け物を絞め殺しました。化け物が喚き散らす罵詈雑言を私の頭に染み込ませないために、叫び続けながら首を絞め続けました。化け物は口から血泡を吐きふわりとゆれる肉塊に変わりました。私はこの化け物に打ち克ったのです。あぁなんと晴れ晴れとした気分なのでしょう。まるでこの世界の全てが私を祝福してくれているかの様に小鳥たちが歌い始めました。緑々とした木々たちもそれに負けじと踊り始めます。あの太陽も大きな地平線も草も木も小動物も全て。もう私を縛る鎖はございません。いま、全てが解放されたのです。
まさしく陰惨で痛々しい。男はさる地方都市の療養所、特別病棟に佇む。ドーム状の室内は青い空と蒼い海、鬱葱とした草木が生い茂る。患者の精神安定を目的としたアートセラピーの一種なのか。ドームはかなりの面積で、遠目からみれば本物と区別がつかないほど精巧に描かれている。しかし、この世のありとあらゆる赤が交ざり合い赤一色で造り上げられた黒色の飛沫や塊が、男の気を陰陰滅滅とさせる。ある患者がこの陰惨な痕跡を残し、施設を逃亡したのだ。手配用に借りた患者のカルテには2Mの大女が写っている。肩や二の腕の筋肉が隆起し、太ももは女性の胴ほどもある。女の握力は200Kを越え100を11秒台で走るのだそうだ。男は勤務中にも関わらず、隠し持っていたバーボンを口に含み偽物の空を見上げた。
11/12(日)
ある知恵おくれの少女の前に、10円、100円、500円玉をおき、一番大きいのはどうれ?と訊いた。その少女は期待をうらぎり10円玉を指さし、“これが一番大きい”と答えたという。
訊いた人は“そうじゃないでしょ”とひとつ言葉を投げかけ、もう一度訊いてみた。 でもやっぱり答えは同じだった。 少し不思議に思い、“何故なの”と少女に聞いてみたところ、 その少女は
“この10円玉を電話に入れたらお母さんの声が聞けるから、”と答えた……..
――なんとなく聞いてた僕はまた、偏見というものに溺れかけた….。
「おきないよ!」
しばらくゆすっても起きない父に飽き、わたしは朝食の支度をしていた母のもとへそのことを報告し、お気に入りのぬいぐるみと一緒にテレビの前へ座った。
(うさぎさんはごはんなんにしましょうか?)
(うん、ぼくはおむすびがいいな)
(おじさんはなんにしますか?)
(わたしもおむすびがいいです。ともこちゃんはなんにする?)
(ともこはつくるかかりだからたべないの!)
(あっ、ママとパパにもきかなくちゃね)
(ママとパパはいそがしそうだからあとにしたほうがいいよ)
朝食の支度が整い父の様子を見にいった母が慌ただしく動きまわり、電話口で「救急車」と叫んでいたことは今でも鮮明に頭のどこかにあって、ときどきわたしの一部を強く締め付けてくる。
淡い映像はそこでかき消され、救急車のサイレン音だけが濃厚になっていく。白く大きな扉。揺れるサイレンの赤。
次に思い出すのは葬儀の風景。
葬儀場だと思われる建物の中、遺族控え室には人がどんどんと入ってくる。中には知った顔もあったがほとんどの顔は知らないもののようだった。母は静かに動きまわっていて、わたしは知らない叔母さんに面倒を見てもらっている。その人の外見などはまったく覚えていないのだが、知らない膝の中はとても居心地が悪く、わたしは何度も座る姿勢を変えていたようだ。
これはわたしに見える残像のようなもので確かにわたしの経験からくるものが多分にあるのだが、幼い記憶なので「ようだった」のような表現になってしまう。
祭壇、きらきらしたもの、人の泣き声、線香の匂い、骨、お経、行列、ののしり、ごちそう、お坊さん、そんな映像が一瞬の閃光となってわたしの心に刻まれる。
もがき苦しみ、逃れられないものが迫ってくる感じ。わたしは必死で逃げるが、足は宙を蹴るばかりで全然前に進まないでいる。
そんな朝が何度かあった。
頬をつたった涙のあとは乾いてつっぱっている。
夢の中の恐怖は起きたとたんに消え失せてしまい、何に苦しんだのかさえも分からぬ息苦しさだけが残っていた。その息苦しさをかき消すようにわたしはカーテンを開け、朝の陽射しを部屋へ取り込んだ。
実際、父親はいなかったがそれはわたしが中学のとき母と離婚したからであり、記憶の中のような場面は本当はあり得なかった。
大人のオモチャをもらった。
尊敬する上司であるKさんが紙袋をあたしに差し出した。何やら意味深に笑った。あたしはわけがわからずに受け取ってしまった。紙袋の中には大人のオモチャが入っていた。捨てるわけにはいかず持って帰ることにした。
紙袋の中で大人のオモチャがさわさわと動いている。
いや、動くわけがない。これはあたしが今地下鉄に乗っていて揺れているからで、大人のオモチャが自発的に動いているわけではない。
もしも動いていたらあたしは卒倒する。蠢いて紙袋を破って出てきたらどうすればいいのだ。周りの人が騒ぎ出すじゃないか。持っていた紙袋の中から大人のオモチャが飛び出したなら、すなわち変態だと見なされる。なんにも知らないような顔をして、あの子あれ使うんだ、あれをあのお口に入れるつもりだ、なんて妄想かき立てるに違いない。嫌。どうしてこんなところで変態として祭り上げられてしまうのだ。あたしは変態じゃありません信じてください。
絶対に大人のオモチャを外に出すわけにはいかない。紙袋を強く握る。気付けば紙袋は手の汗でしんなりしている。いけない、このままでは彼が自発的に動かなくとも紙袋は汗によって破れてしまう。大人のオモチャは産み落とされるように出てきてあたしに言うだろう、ママ、ぼくを産んでくれてありがとう。産んだつもりはありませんし、だいたい大人のオモチャがしゃべるなんて気持ち悪い、軽々しくあたしにしゃべりかけないで、と激怒してしまう。
大丈夫、大人のオモチャはしゃべらないし、まだ紙袋が破れてこんにちは状態になっているわけでもない。焦ってはいけない。落ち着け落ち着け、だいたいあたしに落ち度はない。あたしが買ったわけではない。何も知らずに渡されただけだ。もっと堂々としていればいい。もしも出てきても胸を張り、そうです大人のオモチャですがそれが何か?と怒鳴ればいい。恥ずかしいことは何もない。むしろ積極性を見せるべきか。破れることもおかまいなしに乱暴に紙袋を床に叩き付ければ、いいですよ、非常に積極的です、結果はどうであれ次につながるプレイですね、と解説の江川さんは好意的に見てくれる。いや無理無理、あたしにそんな大胆なことできるわけがない無難に無難に、とぶつぶつ唱えながら紙袋を抱えて地下鉄を降り、家に着き、飯を炊き、丼に盛り、テカテカ光る大人のオモチャをそこに乗せ、漂うわさびの香りごと、たらふく食ったのだ。
久々に自分の家の本棚を見ていると「仕事は楽しいかね?」(デイル・ドーテン著、きこ書房)が目に付いた。
「仕事は楽しいかね?」、本に出てくる、サンタクロースみたいな実業家のオジサンが、自分に問いかけているみたいだ。
「仕事は楽しいかね?」と聞かれると、「いまの仕事は楽しくないです。海外駐在していたときも同じサービス業務だったのに、なんでこんなに違っているのでしょうか?自分の成長と会社をビジネス的に強くすることを望んで異動の希望を出して、そのことが実現したのに、なんでこんなに不満が多いんでしょうか?」と、そのオジサンに聞いてみたい。そんな気持ちがずーっとこの半年間、自分のココロの中に渦巻いて、いまココロの風邪に。
でも、自分で分かっているのだ。答えはたぶん見つけている。解答がABCDの四択ならば、僕はもう答えを知っている。しかし、数学の証明問題のように、答えを導くプロセスを見つけられないのだ。たぶん正確に言えば、「そのプロセスが果たして正解なのかどうか、分からないこと」に不安を感じているのだ。
その時(時代)と、その場(環境)、そしてその人(性格)で、それこそ数学の確率論のように、答えの導き方は幾億にもなるのだろう。悲しいかな人間は、他人と同じ答え方でないと不安に感じたり、否定されることを怖れているのだ。きっと自分も同じ。
感動する映画や小説では、スタート地点での主人公が置かれたポジションは、明らかに「負け」状態。その「スタート」地点では。でも、彼らの頑張りや、運で大きな勝利を勝ち取ることだってある。たとえば、ウィル・スミスの出演した「幸せの力」だってそうだし、これも実話の「ルディ」だってそう。
人は幸か不幸か「いま」しか見えない。だからこそ、「明日は今日とは違う自分になれる」んじゃないのかな。
そう思うと、1秒前までどん底でも、嫌なことがあっても、1秒後の未来は必ず違うことが起こっているはず。
たぶん大なり小なりみんな悩んでいると思う。
ちょっと視点を変えて、ずっと先のことを考えてみよう。
何年か後に、あの時の苦労は大したことなかったとか、糧になったと思える日が必ずくるはず。
彼にメアドを渡してから3時間後には2人で飲み屋にいた
渡した手前、どんな態度を取ったらいいのかわからなくて、というよりどうすればかっこがつくか考え始めるとなんともいえずきまりが悪くてタバコに火をつける
この動きが重要
何回でも経験している風を装う
半年ずっと遠くから見つめてきたあなたがこんな近くにいるなんてとちょっと感傷的な気持ちになったりしてるとようやくあなたが口を開く
なんでくれたの?
え?
アドレス。こうゆうのなんか慣れてなくてさ
あー逆ナンみたいな?
軽い女ぶる
いやいやとあなたは苦笑して下を向いた。
藤田さんてさ、
やだそんな呼び方
じゃまみちゃん
軽いね
俺女の子は全員ちゃん付けで呼ぶんだ
じゃあそうして
え、なんか冷たい
喜んで踊り狂ったら満足?
ちゃかさないでよ
頬を膨らませて睨むあなたに、
見てるときには気がつかなかった幼さがお菓子にひそむクリームが急にどろっと溶け出してくるように顔をのぞかせる
甘すぎるのにぜんぜんいやじゃないかんじ
ホテルの部屋で向かい合っててもなんにも違和感を感じなかった
ねぇねぇまみちゃん
なに?
お風呂入らないの?
入らない
なんで?寝ようよ
は?寝たら始発で帰れないじゃん
えー俺入ってきていい?
入ってくればいいじゃん
甘いせっけんの匂いとともにあなたがまた近づいてくる
この流れで…と酒のまわった頭でふわふわ考える
俺したいんだけど
いや
会ったばっかりだから?
付き合ってないから
じゃあ付き合うから、いい?
いや
なんでぇ〜?
どっちが男なんだとしらける
いま生理なの
そっか。じゃあ触っていい?
いいわけないじゃん
だんだん意識が遠のいていく
もぉ〜おやすみ
疲れた口調であなたが背を向けてベッドに横になる
あたしはソファの上からその背中をぼんやり眺める
あれ?
ああでも睡魔に勝てない 不意に湧いた考えもおしのけるほどの。
部屋が明るいと意識した瞬間起き上がっていた。
寝る前と変わらない風景
時間は5時。
あなたに声を掛けると、ぐずぐずしながらも服を着たのでなんとなくほっとする
昨夜の最後の声を少し思い出したから
支払いを2人で済ませて外に出ると、不意にあなたが離れる
どうしたの?
見られるかもしれないじゃん
いいじゃん
俺やだからさ
さらに足を早めて遠ざかっていこうとするあなたに、あたしは気がつく
ロシアンルーレットだ
小学校の頃流行った
小さなお菓子の一つだけに仕込まれた甘くないなにか。昨夜のクリームもまだお菓子の表面だったのだ。
九月からの海外駐在が始まって早くも三か月が過ぎ、新しい環境、生活による体調の変化や精神的なものも乗り越えて、今は年の瀬を迎えようとしている。
来てしばらくしてからネットが繋がり、夜になれば無料のテレビ電話で日本の実家と、電話を繋ぎっぱなしにするようになった。今の世の中、技術の進歩のお陰で遠く離れた家族とも、隣の部屋にいるかのように顔を見ることができる。おもちゃのようなカメラから日本の家の中の様子や家族の顔を見るだけで、海外で一人生活しているという気持ちもどこかへ引っ込んでゆく。実際一人の生活を送れているのもこれに因るところが大きいだろう。
滞在し始めて月割りのカレンダーをめくって行けば、赴任期間である一年なんぞあっという間に過ぎてしまうように感じてくる。来る前は若者ごころに「この一年で必ず成長してやる」と息巻いていたけど、生活に慣れてこれば時間が経つのをただただ感じるだけの日々が訪れ始め、するべきことをするだけの生活に身を甘んじるようにもなってしまった。
日本に思い寄せる女がいて、短大卒の同い歳の彼女はすでに働き始めて三年を迎えようとしている。今年の春に僕も大学を卒業したが、就く職もなく院へ新学し、まだ同じ大学に通っていた。
そこへ、この日本語教師の話が予期せずも転がりこんできた。人と違うこと――それこそ海外で一人働くということ――をしなくては、世間様に顔向けできる大人になれないのではないかという、世間に対する負い目のようなものもあった。しかし、いざ働き始めて新しい生活にも慣れてこれば、再び顔を出しはじめた元々の怠惰な心に昇進のない職柄ということもあってか、また体の中から気怠るい虚脱感が沁みのように広がってくるのだった。
同じネイティブの英語の先生たちといれば毎週のようにバーに誘われる。僕の片言の英語でも相手はさすがに先生で、笑顔で摩訶不思議な暗号を聞き分けてくれる。町へ出ても人々の優しさに触れる。そんな中でお酒と一緒に甘んじた生活に酔ってしまうのではないかと感じることもある。
それでも何か、実際に新しい社会に入ってみることでしか得られないものも、確かに見え隠れしているように感じてはいた。今度の春に一回実家に帰るのだが、このまま実家に帰ったとしても、髪が伸びたことさえテレビ電話のお陰で家族は気づかないだろう。
せめてしばらくの間、ビデオチャットは止めることにした。
目をグッと、歯をニッと笑ってごらん?
しばらくすると顔の筋肉つりそうになるよね。
そして鼻の通りが悪くて鼻の中の嫌な臭いに
気づくでしょ?
それむくみや痰だから。
負のスパイラルってわかる?
焦りが無力感を産み、無力感がまた焦りを生み出すの。
顔もね、不幸が不幸な顔をつくり、
不幸な顔が不幸をよぶからね。
あんたは人より笑う回数少なかっただけよ、
気にしないで。だれでもそうなるよ。
目の下のくまも消えるよ。血行もよくなってさ。
顔も小さくなるよ。目も大きくなる。
むくみを流してさ。
人は外見じゃないって言うけどさ、
顔なんて手相をさらけ出しながらあるいてるよう
なもんじゃない。
肌で肝臓も見えるし。腎臓も。
それは、、ええんちゃう?
うん。そう、
うん。
そうね。
不機嫌は怠惰だって。
楽しい時だけ笑えるのは二流だってさ。
試合で力不足を感じたら筋トレするでしょ。
きつい時にきつい顔しててもすごいことはないね。
緊張系とリラックス系だとね、
短期決戦のみなら緊張系でも乗り切れるけどね。
あとは疲れるし、事故も起きる。
最大のパフォーマンスを出すときは
緊張系とリラックス系が同じレベルに上がってる時だね。
尾骨で切り替えもできるし、
顔筋でもシフトできるよ。呼吸が変わる。
短気ってさ、
呼吸が浅いのよ〜。
あまり湿気をためないようにね。
炭水化物は湿気を溜めるから。
粘着質になると体がしんどいよ。
鼻の高い人は乾燥地帯に住んでたから、
湿度を取るために鼻腔を広くしたんだよ。
風水なんてのは湿度との戦いの歴史よね。
まあ、いいけど。
苦労重ねてさ、その上でできた笑顔はね、
パスポートになるんよ〜。
大丈夫。あんただからね。
「ババ抜きでもしませんか?」
と、言い出したのは、来年の春から大手企業に働くことが決まっていて、彼氏の田所くんと一緒にヨーロッパ旅行に来ている仲西さんだった。
大雪と寒波の影響で欠航が相次いでいるフランクフルト国際空港のロビーは待ちくたびれた人々であふれ、成田行きの日本航空便も例外ではなく、ベンチには日本人もちらほらいるような状況だった。
「……はあ、いいですけど」
と、とまどいながらその申し出に応じたのは、出張でフランクフルトに来ていて、ロビーでスポーツ新聞を読んで寝てしまった後、目が冴えてやることもなく滑走路に降り積もる雪をぼうっと眺めていた若林さんだった。
「私もやるー」
と、仲西さんと若林さんの後ろの席から乗り出したのは、父親の仕事の影響で四年間ここに住んだ後、来年から日本の小学校に通うことになった神田さんだった。
「……私も、いいですか?」
と、田所くんの隣から恐る恐る手を挙げたのは、ワーキングホリデー先のロンドンへの乗り継ぎ便を待っていた今井さんだった。
見知らぬ他人同士でやるババ抜きはどこか変な緊張感に包まれていたが、一緒に待っている疲れと連帯感が彼らの隙間には気だるく存在した。
若林さんからとったエースでツーペアを捨てた田所くんは就職留年が決まっていて、まあ主夫もいいかなと呑気に考えていた。ジョーカーを抜いた仲西さんはそんな彼氏に見切りをつけ、この旅行が終わったら別れることに決めていて、ちなみに若林さんは好みのタイプでもあった。中々ペアが揃わないそんな若林さんは実はバイセクシャルで仕事そっちのけでフランクフルトの風俗ばかり行っていて、仕事はその内、辞めようと考えていた。一番早くあがった神田さんは、ドイツで酷いいじめにあっていたが、両親にはずっと隠してきて、日本の学校に行くことを嬉しく思う反面、不安にも感じていた。結局最後にジョーカーを持っていた今井さんは、現実から逃げるようにやってきたこのワーキングホリデーを最期の旅にして、日本に戻ったら死のうと考えていた。
「逆に良いことがありますよ」と仲西さんに気をつかわれて慰められた今井さんは、その後、彼らのババ抜きの様子を遠目からみていて、ロンドンに戻るところだったイギリス人のピーターと結婚し、八十九歳まで幸せに過ごすことになるが、それがこのときのジョーカーのおかげだとは誰も知る由もはずもなかった。
娘はそう悪くない顔立ちなのに、泣くとかなりの不細工になって、それが可愛いやら面白いやらで、俺は娘が泣くたびにニコニコしてその度に妻に怒られたりしてるうちに娘はすくすくと成長して泣くこと自体少なくなって、俺は何だか寂しいようなほっとしたような気持ち。その娘が就職して3年目にいきなり結婚前提お付き合い彼氏を連れてきたので新展開に俺は飛び上がる。
二人を前に内心わーという感じに舞い上がってる俺に比べて、隣の妻はいつも通り落ち着いていて、これは前もって知っていたに違いないと思うと、何だか俺だけ仲間外れみたいで寂しい感じと、言えよ〜お前ら〜みたいな面白い感じがこみ上げてくるのを押し殺して父親らしい父親を演じようと頑張る俺。なのに「娘のどこがいいんだい」と聞いたら「美帆さんの顔です」とか真面目に返ってきたので、早速ラリー失敗!と俺は崩れかけるが「こういう正直なところが好きなの」と娘は何故か嬉しそう。そうなの?それは彼の美徳でいいの?ビジュアル目的に結婚する事は問題じゃないの?と混乱するけど、そういや俺も妻の顔が好きで付き合ったんだった。じゃあ、いいかと納得しかけるが、いやでも他にも笑いのセンスとか俺以外の人への優しさとか諸々に惹かれたんだから顔だけじゃない。
妻は、肯定も否定もない「あなたが決めなさい」という顔を俺に向けてくるけど、やっぱり俺にはわからない。わからないが結局、俺は結婚を許す。元々許すとか許さないとかの問題じゃなくて、俺に求められていたのは俺はお前達を応援するぜという意思表示であって、それなら俺の意思は娘が生まれてからずっと決まっている。
それから7年が経っても二人は仲良くやっている。正雄君(娘の旦那)は娘を大事にしてくれて、それはたまに夫婦揃って帰ってくる娘の表情からもわかる。だから、俺は少し心配になって娘に聞いてみる。
「お前、正雄君の前で泣いたことある?」
「あるよ。けんかしたときとか。当たり前じゃん」
「そうか」
それは、正雄君が本当に娘の顔が目当てだったとしても、その後でその他諸々の娘の良いところを好きになったのかもしれないし、元々そういう諸々も含めて娘を好きだったのかもしれない。それとも正雄君はあの不細工な娘の泣き顔ですら好きになったのかもしれない。そして、それはどれであっても娘にとって幸せなことなのだ。
娘が笑って言う。
「お父さん、その顔、不細工だよね」
私のニックネームは「ニックネーム」だった。官庁街の顔役だ。こんな句を作った。
飛び込めば煩悩のある夜となる
扇風機を回すか止めるか。羽根は回転したまま固定した。大変評判が悪く再び首を回し始める扇風機。
2005年私はAED即ち心室助細動除去装置の使い方の講習を受けた。一連の防災訓練の終わる最後の日。歸りに車軸の様な雨に見舞われた。私は黒魔術を使ったのだと確信した。何故ならその瘢痕が未だに右の二の腕の裏にある。
ぶらり旅に出掛けると、秘密にしておきたかったのだがちくらればれた。私はナチのロベルト=ライを思い出していた。アンダースローの投手を養成したい。何故なら希少価値があるからだ。因みにウォークマンから漏れる鐘の音やシャッターの音や尿漏れは大変汚いのだそうだ。(完知)
何かの帰りを待っている子どもがいる。夜の自家菜園に立ちすくむ影がある。
彼の髪の弾む毛先が金色に見えるのは傾く月のせいだ。艶やかだが触ればキューティクルが剥げかかり、指に絡まる。もがけば切れ毛になって肩に落ちる。散ったふけすら、月の下で綺麗に映える。
草の羽ばたく茂みを抜けて、彼は寝間から逃げるようにここに来た。
狸が出る、薮蚊に刺される、蝙蝠に突っつかれる。悪戯な祖母の吹聴も無駄に終わった。彼は馴染みない田舎の夜を恐れともせず、サンダルが肥やしで汚れようが、シャツに野蒜の髭が引っ付こうが、にべもなく畑地を突き進む。
この先に海があるよ。
――彼は間違っている。
家宅を囲む茂みの向こうに岩礁が敷かれ、晩夏の夜は特に凪ぐ海。それが臨めるのは南のかの地にある彼の母親の生家だ。八方を吾妻の山並みに鎖されたこの家に潮騒は来ない。
着いて早々高熱を出し浮かされてもなお、彼は海が海がと唱え続けた。母は彼に誰かの面影を見、茄子の味噌汁を沸かした。眉を顰める彼に、好けなもんは継がんかったか、と目を丸くする母。茄子を箸で避け、汁だけ啜る彼。
なすびの味が分かんねのは子っこの証だ。椀を下げつつ、老いた母は肩で笑う。
若い母親が家を出、地上三十階建ての高層マンションの一室に取り残された彼。ビル風に乗り上空までせり上がってくる都会の汚れた空気から彼を守りたかった。離婚調停が進むなか、突然に気管支を病んだ彼を救いたかった。
彼は徐々に誰かに似てくる。その誰か、もかつては茂みの向こうに海を見ていた。八歳のとき海兵だった父親が蒸発した。船の事故に遭ったとも異国の海で斃れたとも聞いた。父親は誇りだった。数年前に興信所から真実を聞かされて以後、私は潮騒を聞けなくなった。
名もなき雑草のうえに立ち、波で潤う風を待つ少年がいる。母なる颪に抱かれる少年の背中。彼はまだ潮騒を聞けている。潮騒は別れた妻の呼び声だ。
私は、彼の誇りになれなかったのか。
底冷えに堪えかね震える肩を背後から叩かれた。
おんめ、こんだとこで何しとんだ――
――ユウが、あそこに。
母は私を憂いな目で見つめ、首を振った。
おるわけねべ、明海さんとこさ引き取られたんだろ――
妻子に逃げられ独り帰郷したことを思い出すと、母に伴われ、とぼとぼと家宅に戻った。
口の中に苦々しい茄子の味が蘇る。父親の好物だったらしいそれは未だに好きになれない。
「馬鹿は夏風邪を引く」というフレーズがぐるぐるぐるぐると頭の中を回っている。いやその言葉の本当の意味は、馬鹿は冬かかった風邪に夏ようやく気が付くという意味だ。知ってる。そんなことよりおなかが痛いのだ私は。このくだりは何度目だ。何度も何度もぐるぐる。まるで回転寿司のようだ。そう回転寿司だ。家族に連れられて病み上がりに回転寿司に行ったら食べ過ぎてしまったのだ。おいしすぎたのだ。その結果がこれだ。下痢と、ぶり返した風邪による鼻水と咳だ。上から下から出しっ放しだ。私はかわいそうだ。汚いしかわいそうだし涙が出てくる。出てくると言えば回転寿司にあるお湯が出てくる蛇口。あれはいいものである。好きなだけお茶が飲める。家にも欲しいと本気で思っている。
便意が来る。腹痛には波があるものである。何回か小波が来て耐えたと思ったら大波が来るのである。サーファーなら喜ぶ。私はだるい体を引きずって便座に座る。ああ、私の食べた寿司が出ていく。大した栄養にもならずに出ていく。私の血となって体内を回るはずだった寿司が。悲しい。多分今出て行ったのはイカだ。最初に食べたからだ。ご存じの通り私は最初にイカを食べる。それ以外のこだわりは特にないが最初にイカを食べる。イカはイカなら真イカでもヤリイカでもなんでもいいし大葉が挟んであっても塩ゆずが乗っててもいい。あとは自由行動である。心のおもむくままに食べる。最近のかっぱ寿司は新幹線で寿司がやってくる。カピカピでない寿司がすぐに食べられるのでみんなあれを使う。もういっそ新幹線を三本くらいに増量してくるくるのレーンは廃止したらいい。地球にも優しい。
しかし出せば出すほど体が楽になっていくというのも皮肉な話だ。つやつやしたイカもぷりぷりしたエンガワもこりこりしたつぶ貝もとろとろした焼きサーモンもどこかへ(私の真下へ)行ってしまった。体は嘘のように楽になった。悲しいことだ。ベッドに横になる。私は夢を見る。
レーンから皿を取る。今回はホタテとする。そうしたら、まずはネタごと寿司を箸で倒す。寿司はコテンと倒れる。こうすればネタとシャリをがっちり掴めるし、おまけにネタにだけ醤油を付けられるからシャリが醤油まみれでボロボロになるなんてことが無い……。
あの日、おいしさだけを抜き取られて私の体を通過していった寿司のことを、なぜかよく思い出す。その度になんだか無性に悲しくなる。