第120期 #8

おとなの

大人のオモチャをもらった。
尊敬する上司であるKさんが紙袋をあたしに差し出した。何やら意味深に笑った。あたしはわけがわからずに受け取ってしまった。紙袋の中には大人のオモチャが入っていた。捨てるわけにはいかず持って帰ることにした。

紙袋の中で大人のオモチャがさわさわと動いている。
いや、動くわけがない。これはあたしが今地下鉄に乗っていて揺れているからで、大人のオモチャが自発的に動いているわけではない。
もしも動いていたらあたしは卒倒する。蠢いて紙袋を破って出てきたらどうすればいいのだ。周りの人が騒ぎ出すじゃないか。持っていた紙袋の中から大人のオモチャが飛び出したなら、すなわち変態だと見なされる。なんにも知らないような顔をして、あの子あれ使うんだ、あれをあのお口に入れるつもりだ、なんて妄想かき立てるに違いない。嫌。どうしてこんなところで変態として祭り上げられてしまうのだ。あたしは変態じゃありません信じてください。

絶対に大人のオモチャを外に出すわけにはいかない。紙袋を強く握る。気付けば紙袋は手の汗でしんなりしている。いけない、このままでは彼が自発的に動かなくとも紙袋は汗によって破れてしまう。大人のオモチャは産み落とされるように出てきてあたしに言うだろう、ママ、ぼくを産んでくれてありがとう。産んだつもりはありませんし、だいたい大人のオモチャがしゃべるなんて気持ち悪い、軽々しくあたしにしゃべりかけないで、と激怒してしまう。
大丈夫、大人のオモチャはしゃべらないし、まだ紙袋が破れてこんにちは状態になっているわけでもない。焦ってはいけない。落ち着け落ち着け、だいたいあたしに落ち度はない。あたしが買ったわけではない。何も知らずに渡されただけだ。もっと堂々としていればいい。もしも出てきても胸を張り、そうです大人のオモチャですがそれが何か?と怒鳴ればいい。恥ずかしいことは何もない。むしろ積極性を見せるべきか。破れることもおかまいなしに乱暴に紙袋を床に叩き付ければ、いいですよ、非常に積極的です、結果はどうであれ次につながるプレイですね、と解説の江川さんは好意的に見てくれる。いや無理無理、あたしにそんな大胆なことできるわけがない無難に無難に、とぶつぶつ唱えながら紙袋を抱えて地下鉄を降り、家に着き、飯を炊き、丼に盛り、テカテカ光る大人のオモチャをそこに乗せ、漂うわさびの香りごと、たらふく食ったのだ。



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