第120期 #3

彩りは窓辺に

 無機質なリノリュームの床は、陽光という彩りを得て彼の目の前に続いている。外の喧騒は届かず、靴が床を噛む音はより一層の主張をもって、壁に、天井に、窓に波を伝えた後、彼の耳へと届く。窓の向こうには鮮やかな青が遠くで点の連続を境に濃度の異なる青と混じりあい、船と飛行機が白の軌跡を描いていた。視界の左からは腕のように海へと伸びる半島が見え、半島の中程にはピンクの筋がひとつ岬へと続き、春という季節を物語っていた。
「たとえば・・・」
彼は独りごちながら、浮かんでくる思索を散る花びらを手に取るように楽しんでいた。それらは彼にとって愛でることのできる選択肢であった。花びらは光にかざして、その透き通る薄さや形や色を堪能することができる。一つ一つを丁寧に吟味しながら、彼はお気に入りのひとひらを探そうとする。ときたま、いたずら好きな風が彼を撫で、手にとった花びらはまた空へと舞い上がり、そして新しいひとつがまた彼へと舞ってくる。
 うだるような暑さがやってくる前のこの季節を、彼は愛してやまなかった。しかし、この世の何かにつけてそうであるように、そう感じない人もいる。何かを楽しめるかどうかは、それぞれの置かれた状況によるのだ。彼はその事をよく知っていたし、よく知っているからこそ自分がたった今選択肢を楽しんでいられることをより嬉しく思っていた。
 長く続く廊下は陽光と窓枠の影によって梯子となり、その終端には部屋へと続く扉と、その上には部屋の果たす役割が書かれたプレートが掲げられていた。プレートに書かれた図書室という文字が視覚を通して意味を成す距離まできた時、扉の横にもたれかかっていた人物がおもむろに顔を上げる。柔らかな陽の光に照らされ、少しまぶしそうに微笑んだ顔が彼へと向いた。そして、薄い唇が開き、彼はその唇もまた桜のようだと感じた。



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