第120期 #14

神のみぞ知るババ抜き

「ババ抜きでもしませんか?」
 と、言い出したのは、来年の春から大手企業に働くことが決まっていて、彼氏の田所くんと一緒にヨーロッパ旅行に来ている仲西さんだった。
 大雪と寒波の影響で欠航が相次いでいるフランクフルト国際空港のロビーは待ちくたびれた人々であふれ、成田行きの日本航空便も例外ではなく、ベンチには日本人もちらほらいるような状況だった。
「……はあ、いいですけど」
 と、とまどいながらその申し出に応じたのは、出張でフランクフルトに来ていて、ロビーでスポーツ新聞を読んで寝てしまった後、目が冴えてやることもなく滑走路に降り積もる雪をぼうっと眺めていた若林さんだった。
「私もやるー」
 と、仲西さんと若林さんの後ろの席から乗り出したのは、父親の仕事の影響で四年間ここに住んだ後、来年から日本の小学校に通うことになった神田さんだった。
「……私も、いいですか?」
 と、田所くんの隣から恐る恐る手を挙げたのは、ワーキングホリデー先のロンドンへの乗り継ぎ便を待っていた今井さんだった。

 見知らぬ他人同士でやるババ抜きはどこか変な緊張感に包まれていたが、一緒に待っている疲れと連帯感が彼らの隙間には気だるく存在した。
 若林さんからとったエースでツーペアを捨てた田所くんは就職留年が決まっていて、まあ主夫もいいかなと呑気に考えていた。ジョーカーを抜いた仲西さんはそんな彼氏に見切りをつけ、この旅行が終わったら別れることに決めていて、ちなみに若林さんは好みのタイプでもあった。中々ペアが揃わないそんな若林さんは実はバイセクシャルで仕事そっちのけでフランクフルトの風俗ばかり行っていて、仕事はその内、辞めようと考えていた。一番早くあがった神田さんは、ドイツで酷いいじめにあっていたが、両親にはずっと隠してきて、日本の学校に行くことを嬉しく思う反面、不安にも感じていた。結局最後にジョーカーを持っていた今井さんは、現実から逃げるようにやってきたこのワーキングホリデーを最期の旅にして、日本に戻ったら死のうと考えていた。
「逆に良いことがありますよ」と仲西さんに気をつかわれて慰められた今井さんは、その後、彼らのババ抜きの様子を遠目からみていて、ロンドンに戻るところだったイギリス人のピーターと結婚し、八十九歳まで幸せに過ごすことになるが、それがこのときのジョーカーのおかげだとは誰も知る由もはずもなかった。



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