第12期 #8
男は喫茶店に入る。
喫茶店は古びており、テーブルは幾度となく拭かれてつやが出ている。男は一息付いた後「ホットコーヒー」と注文し、膨らんだ鞄の中から何枚かの紙と、スーツの内ポケットから黒光りするペンを取り出して鞄のボタンを音たてて閉じ、鞄をテーブルの下にある狭い荷物入れに押し込んだ。午後過ぎの太陽が少し射し込んでテーブルを照らし、広げた紙の上を通過する。男は首を傾けて肘をつき、しばらくペンを弄んだ後、姿勢を正して紙にペンを走らせ始めた。アイスコーヒーがコースターと一緒に届く。男は店員に何かしら言う。店員が頭を下げて、アイスコーヒーを下げる。後には水滴が残っている。テーブルの上に置かれた紙が動いてしまう。水分を吸いとり、しわがはいる。男はハンカチを取り出すと、それを濡れた部分に当てた。
ホットコーヒーがコーヒーカップに入って届く。テーブルの下の荷物入れは底板が手前に傾いており、鞄は徐々に滑って、男の膝の上に落ちる。男はまた鞄を元の荷物入れに押し返して、紙にペンを走らす。紙には表が書かれており、そこには幾つかの数字が記載されている。男は紙を眈むように顔を近づけた。紙には日が射しこんで、濡れた部分を乾かし続けている。
喫茶店の洗い場からガラスを洗う音が水の流れる音と共に聞こえだした。店員はコップを洗い、まな板を洗い、包丁を洗い、皿を洗う。ドアに付いている鈴が鳴ってドアが開き、客が入ってくる。ドアが開いている間は店内が明るくなる。ドアが閉じる。鞄が男の膝の上に落ちる。