第12期 #9

砂地行脚

達郎は額に滲む汗をハンカチで拭うと再び砂浜を歩き出した。海水浴客で賑う砂辺は、スーツ姿の達郎を酷く場違いな人物に変えた。
 「この暑さ何とかしてもらえませんかね?」達郎の横を付きまとい歩く赤い競泳用パンツの男性が呟いた。
 「何とかしてくれって言われたって暑いものは暑いんだから仕方がないじゃないか」そう言うと、達郎は付きまとう男性を砂地へ激しく突き飛ばし走り出した。
 「ちょ、ちょっと待って下さいよ!あなたが決めた事でしょ?今日、雨が降らなければスーツ姿で海岸線を歩き続けるって!」男性は砂だらけになりながら叫んだ。
 「うるさい!だから今日、スーツ姿で歩いてるじゃないか!」達郎は立ち止まり、はき捨てる様に叫ぶと足早に歩き出した。
正午を過ぎたばかりの日差しは強く顔の皮膚に差込み、スーツの中は汗にまみれ、一歩一歩が重苦しかった。
 「八つ当たりしないで下さいよ。昨日、あなたが明日は必ず雨だって言ったんだから。雨が降らなきゃ昼間にスーツで海岸を歩き続けるって約束でしょ?」
 「少しは黙れ!こっちは暑いし眩暈はするし、本当に倒れそうなんだよ!」
 「えっ?まだ歩き始めて三十分も経ってないじゃないですか。これからが大変なんですから頼みますよ」
達郎は大きく目を見開き、男の言動を有り得ないという風に首を振った。
 「ああ、ちゃんと歩き続けるさ。だからちゃんと見てろよ」
 「ええ、ちゃんと見ています!こっちは報告する義務があるんだ」
その会話を最後に無言で歩き続けた。達郎に付きまとう男は数歩後ろを歩きながら、時折携帯で連絡を取る以外、眼光鋭く達郎を見つめ続けた。
何時の間にやら達郎の周囲には人だかりが出来、みな、達郎の歩く姿を嘲笑的に眺めていた。
 達郎の意識が飛ぶまでそれ程の時間は掛からなかった。砂地を見つめ続けていた視界が狭くなったとこで、突然前後不覚になり、フラフラし始めたかと思うと地面にのめり込むように倒れた。見物客はその姿を歓声で迎え、拍手や笑い声が辺りを包んだ。
 「ちょっと大丈夫ですか?」赤い競泳用パンツの男は達郎に駆け寄り揺すった。
 「うおっあがっ」達郎は言葉にならない言葉を出し小刻みに痙攣をした。
 「ちょっと、大丈夫ですか?だれか!だれか!」
赤い競泳パンツの叫びは散り始めた見物人の隙間を通り抜けるだけであった。見物人は遠巻きに二人の様子を眺めるだけで、関わりを避けるかのよう散っていった。



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