第12期 #3

ウサギのような君へ

 あの日の君は、雪ウサギのように真っ白なコートを着ていたね。
 初めて二人きりで会う嬉しさで約束の時間よりかなり早く着いた僕は、公園の入り口で暖かな冬の陽を浴びながら、君との出会いを思い返していた。
 君はいつも目立っていたよ。大勢の仲間に囲まれて笑いの中心にいる、やんちゃなウサギのような君と親しくなるのは大変だった。
 
 僕を見つけて息を弾ませながら駆けてきた君は、飛び跳ねる子ウサギのように可憐だった。僕を見上げるいたずらっぽい瞳には冴えない男が映っていたから、君を抱きしめたい気持ちを抑えるために、思わずジャンパーのポケットに両手を入れた。

 冬の公園には誰もいなかったね。堀の表面には薄っすらと氷が張り、冬囲いされた木々はひっそりと春を待っていた。

 君がずっとしゃべり続けていたのは沈黙が怖かったからだろう。ただのサークル仲間からやっと親しい友達になったけど、大学以外の場所で会うのは初めてだったし、僕が黙り込んでいたから、君は余計にしゃべらずにはいられなかったんだよね。

 思いきって君の手を握ったとき、驚いたように僕を見上げた君の瞳に、すっかり自信を取り戻した男が映っていた。だからそのままキスをしたんだ。おしゃべりな口をふさいで男と女になるためにね。
 君が逃げようとしたから思いっきり強く抱きしめた。大きく見開いた目には怯えが溢れ、そこに映る男は力強い支配者だったから、僕はその目をふさいであげた。
 君はすっかりおとなしくなって穏やかなウサギのように僕に総てを預けてくれたね。

 あのとき僕が噛み切った君の舌はガラスのキャンディーボックスの中でホルマリン漬けになっているよ。スチール製の本棚の二番目の段で目覚まし時計とブックエンドに挟まれている。夕陽が当たるとキラキラ光ってきれいだよ。
 あのとき僕が使った太い針も引き出しの奥に大切にしまってあるよ。ティッシュでくるんでから真っ白なハンカチに包み、透明なプラスチックケースに入れてある。
 君のきれいな血がすっかり黒ずんでしまったのは残念だけどね。

 あれ以来、僕たちは真実の恋人同士になったね。こんな幸せなことはないよ。君もそう思うだろう。解っているよ。
 君はウサギのように真っ赤な目をして、何も言わずに一日中微かに震えながら、僕のそばから離れずに、今日もおとなしくうずくまっているね。
 緑色の首輪が似合っているよ。ウサギのような君は本当に可愛い。


Copyright © 2003 中里 奈央 / 編集: 短編