第12期 #2

凶器の行方

「まだ何か私に……?」
吉田のアパートを訪ねてきたのは、あの時の刑事だった。確か名前は三沢といった。
「令状はお持ちなんですか?」
 と、吉田は静かに尋ねたが、三沢は勝手にドアを押し開き、そのままズカズカと居間まで入ってきた。吉田は困ってしまって、その場にただ立ちつくした。
「いえ、今日は非番です。仕事じゃなく、プライベートでお伺いしました」
 三沢はソファーにすわり、真剣な顔をしている。
「仕事じゃないとおっしゃってもご用件は例の殺人事件のことでしょ? あなたは、まだ、私のことを疑っているんですか」
「プライベートだから正直に言いますが、その通りです。私には納得がいかないんですよ。どう考えても、犯人はあなたしかいません」
ところが、警察の捜査結果では、吉田が限りなく犯人に近いという疑惑以上の証拠は発見できなかった。凶器がどうしても見つからないのである。被害者は袈裟がけに斬り殺されていたのだが、凶器は刃渡りの長い鋭利な刃物、例えば日本刀のようなもの、と推測されていた。
 疑わしきは罰せず、というのが法の基本だから、状況証拠だけではどうしようもない。
「諦めの悪い刑事さんだ。なら、現場から私がどうやって凶器を隠すことができたかを明らかにしなければいけませんよ。できますか?」
「そのことですが、個人的にあなたの過去の経歴を調べさせていただきました。昔、サーカスにいらっしゃったそうで」
三沢は吉田の顔色を探るようにいった。
「で、これはあくまでも推測に過ぎませんが……ところで、いつまでもそこでしゃちほこばって立っていないで、まあ、座ったらどうですか?」
「いや、それはできません」
「座らないと、話できないよ。とにかくリラックスして」
「座れない事情があるのです」
「まさか、逃げるつもりじゃないんだろうね」
 吉田はため息をついた。
「そこまでおっしゃるのなら……」
 いうが速いか、吉田は上を向いて開けた口からするすると天井に向かって何物かを吐き出した。三沢刑事はあっと叫んだが、後は凍り付いたように動けなくなった。
 非番で拳銃を所持していなかったのは、まったく三沢の迂闊である。

「剣の丸飲み」……それは、吉田がサーカスで演技していた頃の得意技だった。



Copyright © 2003 のの字 / 編集: 短編