第12期 #4

落し物

 昼休みも終わりがけ職場に戻ろうとす小生の目にとんでもないものが映って吃驚した。
 小生のごとく昼食と休息とを楽しんだサラリーマンの足元を縫うように全裸の女性が転がっている。その肌は輝くように白く、唇は微笑さえ浮かべ、瞳ははるか虚空を見つめ続けている。そしてそんな彼女の肌を申し訳程度に隠す生鮮食品の短冊たち。小生、気づいた。これは女体盛りと呼ばれるものではないか。
 噂では女体盛りを楽しむにはかなりの費用が必要と聞く。これはいわば大量の札束が道路に無防備に置かれているようなものであり、善良な市民としては即刻交番に届けるべきである。ところがサラリーマンどもは、自らが遅刻しないことのみに精一杯であって、ひたすら女体盛り様々を避けつつ歩みを進めるばかりなのである。
 なんたることだろう。小生の腸煮えくり返り、怒髪天を突くとはこのことか。現代日本の病巣はこんな身近に存在していた! こうなったら仕方がない。小生、自らをして、あの女体盛り様々を交番に届けようではないか。
 女性と誠実なつきあいしかしたことのない小生、実は女性の全裸を生で見るのは初めてであり、いささか照れを感じつつ女体盛り様々に近寄った。近くで見たらば、ますます女神と見間違うばかりの美しさ。荘厳な微笑は一瞬とて崩れることなく、肌は白桃のように瑞々しい。そしてその上に整然と並ぶ刺身たち。秘所にあたる部分に鮑が盛られているのは、また粋な趣向であると、小生、一瞬とは言え自らの使命を忘れ見入ってしまう。
 いや、こんなことではいけない。それでは凡百たる他のサラリーマンと変わらないではないか。小生、ようやく我に返り、女体盛り様々をおずおずと抱き上げようとした。
 ところが抱き上げた瞬間に彼女の楽園を覆い隠していた鮑が道路へと転がり落ち、瞬間サラリーマンの無骨な革靴がそれを踏み潰すではないか。小生、泣きそう。なんでも女体盛り様々は大変高級であり、もし弁償しろと言われたら小生の生活は。そうしている間にも鮪鯛平目など生鮮食品の群れは容赦なく道路に落ちていき、その度に待ち構えていたかのように革靴が、それらを踏み潰して去っていくのである。
 成る程それで皆は女体盛り様々を無視したのかと気づいても後の祭り。小生、今やほとんど刺身がずり落ち単なる全裸の女性になってしまった元女体盛り様々を抱え、呆然と立ち尽くすより他ないのである。



Copyright © 2003 水野ハジメ / 編集: 短編