第12期 #28

日常浪々夢

 
 つまらない夢を見た。
 


 私はいつも通りの時間に目覚め、いつも通りの服装に着替えて、昨夜の作り置きの冷めた朝食を、半ば機械的に口に運んだ。妻も今年十六になる娘も、まだ暖かいベッドの中で眠りこけている頃だろう。毎度のことなのであまり気にはならない。
 どこか力ない足取りで玄関を出ると、空には死にたくなるような明るい太陽が燦然と輝いている。気が付くと、私は駅の改札をくぐり抜け、大勢の、やはりどこか力ない、見えない糸で操られているような人たちと一緒に電車を待っていた。
 やがてホームに電車が滑り込んできて、私はそれに乗り込んだ。
 窓の外の景色が、音もなく流れていく。
 車内ではしきりに携帯電話の使用を禁じるアナウンスが流れているが、勿論私には関係ない。元々電話をかけるような相手もいないし、よしんば相手がいたとしても、これは夢なのだからどうしようと私の勝手だ。三十分もすると目的の駅に着いたので私は足早に電車を降りた。
 やはり、太陽が眩しい。
 それから、私はいつもと変わりない、つまるところ平凡でなにごともない職務を終え、ただ一人帰路に着いた。朝に比べればやや人気の減った電車に乗り込み、行きとは反対側のドアにもたれて、やはり音もなく流れる景色をみていた。
 家に帰り着くと、居間には皺くちゃになった雑誌を握り締めた妻がいた。
 どうやらまた雑誌の懸賞が外れたらしい。腹を立てるくらいなら初めから出さなければいいのに、と一瞬考えたが、勿論口には出さない。
 どうやら今夜はろくな夕食にもありつけそうにないので、ビールと枝豆を夕食代わりにさっさと寝ることにした。
 近くの高校に通っている娘は友達の家に泊まるからと言って家には帰ってこないようだが、実際になにをしているのかは見当もつかない。
 薄暗い階段を上がり、押入れから出した布団を敷くと、私は布団の上に崩れ落ちた。
 今日は本当につまらない夢を見た。
 これでは、起きているのも夢を見ているのも大して変わらないな。それならいっそ夢なんか見ない方がいい。天井の染みの数を数えながら、ぼんやりと思った。
 枕もとには読みかけの推理小説が転がっていたが、読む気にはなれない。不意に、今朝電車からみた景色が思い出された。
 明かりを消し、まだ冷たい布団に潜りこんで、そして私はようやく気が付いた。


 

 
  ――なんだ、現実か



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