第12期 #22
「眩しいぐらいだねえ」
女はそう言った。朽葉色の渋い色合いの浴衣を着て、縁側に腰かけ、空の高みに浮かぶ満月を眺めている。
「そうだな」
男はそう言った。藍色の袴と羽織を着て、布団の上にあぐらをかき、枕上に置いてあるランプ越しに女の方を眺めている。
ちゃぼんと池の鯉が跳ねた。
「一度くらい行ってみたいさね、お月さんへ。そしてあすこの穴に埋もれるのさ」
紅のやや剥げた唇を舐めるようにして女は呟いた。男は手元の書籍をゆっくりと閉じ、横になり、右腕を手枕とする。
「埋もれてどうなるんだ」
男の問う声に、女はふふっと笑う。
「あたしと言わず誰と言わず、穴に落ち、穴を塞いで、丸い球にしちまうのさ。そうするともしかしたら、自分から光ってくれるかもしれないよ」
男はその言葉にしばらく考え込んでいたかと思うと、やがて思い切り溜息を吐いた。
「夜闇には赤々とした太陽などいらない。人の眠りを妨げるだけなのだから」
その男の反応に女は薄く笑んだ後、脇に置いてあった団扇でぱたぱたと自らを煽った。
「じゃあ昼に照りかえればいいんだよ。何もお日さんに遠慮する必要はないんだ」
冴え冴えとした月は雲を食むようにして輝き、その存在を主張している。庭の端で花開ける待宵草、騒々しい虫の声、風鈴の高い響き、そして男女の匂い。
「海の向こうのそのまた向こう、もうちょい向こうのお国では、月への旅ができるようになるらしいよ。まあ金さえあればの話だろうが」
そして女は団扇を持つ手を止めて、流し目に男の方を見た。それは美しくも剣呑な色を帯びている。
「まあ結局、月はいついかなる時でもただそこに浮かび、弄ばれ軽んじられていればいいのさ」
凶暴さも秘めた女の声をきっかけに、男はランプの灯りを消した。暗闇の中、女は団扇を置き、畳を踏んで自分の方に近付いてくる音からわざと顔を逸らす。男はそんな女のおとがいに強引に手をかけ、唇を奪い、手を浴衣の緩やかな合わせ目から乱暴に侵入させた。その動作で女はわざとらしく掠れた声を出した後、自らの白い喉を晒すような体勢で、相手の頭をいっそ優しいぐらいの仕草で抱え込む。
花簪の挿している髪が数本ほつれ落ちて艶かしい。
「……あの人が帰ってくるよ」
女は男の耳元で感情を押し殺した低い声で囁いた。
月はやがて雲に負けるようにして滲んでいった。