第12期 #21

ふたりのり禁止

 朝で女で高二で自転車。制服にスカート、下にはスパッツを穿いている。
 信号が青になると同時にペダルを踏み込む。横断歩道を一気に渡りそのまま加速、左手の坂を駆け上がる。
 前の自転車が「眉毛」で後ろに「赤頭」。どっちも私がつけた仇名。強敵。最近はこの二人と私の三人で争っている。
 坂が続く。長い坂。立ち漕ぎ。太ももが軋む。加速、ペダリングでガタガタと車体が揺れる。漕ぐ。眉毛の背中が近づく。遠くを見てリズム良く漕いでいく、それがコツ、少し息が上がる、でもさらに加速する、太ももが軋む。
 息が上がる。坂の終わりで眉毛を捉える。スピードを維持、そのまま抜き去る。抜き去ったあと深く息を吐く。でもスピードは緩めない。
 平地。ペダルが軽くなる。踏み込む。
 前に歩行者が二人。ブレーキとハンドル操作。慎重にすぱっと抜き去っていく。このレースに明確なルールはない。でも他人に迷惑を掛けないのが暗黙のルール。風が吹いてくる。ばさばさと髪が鳴る。強い風、すぐ先に川がある。橋が見える。短く無意味な信号を軽く無視して、橋の上に車輪を滑り込ませる。
 眉毛は先行で赤頭は追い込み。いつもならこの辺で赤頭の気配を感じる。でも今日はまだ来ない。調子が悪いのか歩行者のパスに手間取ったのか。でも後ろは振り向かない。『私達はレースなんかしてない』から。
 風向きが変わる。横風。川のにおい。ほんの少し心地良い。
 橋が終わり、あとは下り坂。
 暗黙のルール。他人に迷惑を掛けない。下りは危険だからペダルを踏み込まない。だからもう抜かれる心配はない。今日は……、勝った?
 つい顔が笑っていた。心の中で「うっしゃ!」とガッツポーズ。
 ――そのとき、足元でカシャンと小さな音がした。


 彼女は自分の机に突っ伏して寝ていた。どうやら今日も負けたらしい。俺は近づいて「はよ」と声をかけた。顔を上げた彼女は、予想通りに不機嫌そうだった。「どうだった」と目で聞くと、彼女は無言で右手を差し出した。その手の中には鍵、自転車のキーボックスがあった。
 ……えーと、つまり?
 つまり走っている途中で鍵ごと外れた。振動でネジが緩んでいたか、どこかで悪戯されてたか……。

「そんなもんだね、人生って」と俺。
「別に人生賭けてるわけじゃない」と不機嫌そうに彼女。
「ふーん」と俺は軽く笑ってみせる。
 彼女は「うっせー」と吐き捨て、それから「あー、くそー」とまた机に突っ伏した。



Copyright © 2003 西直 / 編集: 短編