第12期 #19

閻魔の知られざる秘密

 渡し舟に揺られながら、彼は尋ねた。僕は罪に問われるのでしょうか、と。
 頭部が勃起した船頭は、知らんと吐き捨てると、彼を岸に降ろし、さっさと元来た水路へと漕ぎ出した。

 どれくらい歩いただろうか。一本道は豪奢な門に通じていた。彼が近づくと、門がひとりでに開いた。奥へ進むと、真正面に玉座があり、一人の男が座っていた。冥府を統べる閻魔王だ。
 その姿を、彼は俄かには信じられなかった。
 閻魔は全裸だった。ダビデ像のように。否、あの彫像と唯一異なることに、股間だけは植物の葉で隠している。

 本当に閻魔大王様ですかと、彼は思わず尋ねてしまった。
 全裸閻魔はそれを無視し、黒い表紙の帳面を開いた。文字通り、閻魔帳であるらしい。
 公務中も裸で憚らないような人物が閻魔とは。
 失望したのではない。寧ろ安堵したのだ。

 娑婆に居た頃、彼は路上で全裸になって婦女子を追い回していた。死因も、婦女子に悲鳴を上げさせて恍惚とし、迫る大型車に気づかず、撥ね飛ばされたのだった。
 全裸閻魔なら、同じ性癖の誼で罪には問うまい。

――露出狂の悪癖、恥を知れ。地獄行きだ。

 予想外の簡素な判決に、彼は思わず咆哮した。
 お前が言うなよお前が。露出狂が露出狂を有罪にするのか。

――痴れ者め。股間を隠すと隠さぬの差も判らぬか。

 彼は更に激昂した。
 うるさいこの偽閻魔め。お前のことはよく知ってるんだ。その股間の葉は無花果だろうが。女に唆されて泣きを見たんだろうが。お前は閻魔じゃなくて、アダムだ。そうだろうが。

――そうだ。それがどうした。閻魔は人類初の死者だ。史上初の人類であるアダムと、人類初の死者である閻魔が同一人物であって、何が不自然か。早々に地獄へ堕ちるが良い。

 全裸閻魔の毅然とした宣告に、彼の動悸は高まり、胃が痛み出した。彼は、胸と腹に手を当てた。
 そのとき、胸にある種の凹みがあることと、腹にはあるべき凹みがないことに気づいた。
 彼の眼光が豹変した。

「退け、其処は俺の玉座だ」

 唖然とする全裸閻魔に、彼は尚も続けた。
「アダムは神が創ったゆえ、臍を有さぬ。そして女に関する喪失感で、ハート付近の肋骨が一本欠けておる。決して、大型車に撥ね飛ばされて紛失したのではない。アダムはイブのような女を求めて輪廻転生を繰り返した。その影響で消えていたらしい記憶も、いま完全に戻った。――その機に乗じて、影武者の分際で簒奪を企むとは。地獄行きだ」



Copyright © 2003 妄言王 / 編集: 短編