第119期 #5
老人特有の切れ長で歯切れの悪いが差し障りない慣れた方言で戯言のように呟く横では就学前の幼児幾多が畳の上に滑って転んで泣いて笑ってこれまた主人公には分からぬこの土地特有の方言のアナクロバイサイなる野草の人口栽培に成功したいささか裕福な生活をおくっているはずの村人たち。
アナクロバイサイなる言葉も果たしてこの土地特有の方言でサイは野菜の菜であるのではないかと修学前の幼児が今度は主人公の背中にドンガラドンガラやってきて叱ることさえできない崩壊間近の集落に奉られた婿さんのように、
「おまさ、どれの婿さだばいなぁ」
「おまさ、あれの婿さだばいなぁ」
年かさ既に百近くといった老婆姉妹が立て続けにオマサドレノムコサダバイナァオマサアレノムコサダバイナァ。
「静かあにせんとげんがなわれがきがぁ」と幼児幾多の群れに浴びせた怒声も乾涸びたムカデ拾った幼児幾多には効かぬう効かぬう。
黒光りする八寸柱に背中押し当て胡座をかいて見る景色はアナクロバイサイのハウスのみでワイファイ使って『アナクロバイサイ 野草』などと検索するも楽天のサイ大特集なる結果のみ。
夏期休暇に妻の本家に出向くなどとは妻の実家は松江にあって本家(妻も十七年ぶりだそうだが)はそこから何とかという山ふたつ超えた奥のここアナクロバイサイなる野草の人口栽培ハウスがある土地だったのである。
盆の供養が済んだ仏壇の前の大皿ふたつのひとつは地の野菜でこの中にアナクロバイサイがあるのかないのか主人公には見分けがつかなかったがもうひとつの大皿にサンショウウオの煮付けがででんと盛られていたから「こんなん食べられるんですか」と興味示せばまたもや老婆姉妹の耳だけはいいとみえて、
「ココイラノアズダバイナァ」と姉の方が言うと
「ココイラノアズダバイナサ」と妹の方も言うが
「ココイラノアズダバイナァ」と言ったのはむしろ妹の方で
「ココイラノアズダバイナサ」と言ったのが姉の方だったかも知れない。
主人公は何故アナクロバイサイを知っていたのであろうか。
婿さんがこの地に入る前に聞いた言葉は大半が解読不能なほど標準語離れしたものであったが二日滞在するうちに何となくではあったが意味のようなものが理解できてきた。婿さんは解読不能な言葉の中にアナクロバイサイという響きがあってそれが耳に残っていたのだと考えた。