第119期 #3

壊頽モータル

君の右手に握られた、とっても綺麗な死の薬。僕には渡されなかった、君の、大事な。

世界が大変なことになったんだって。それはもう、僕らなんか終末に飲み込まれてしまうような、嘘のようなそんな話。でもそれが嘘なんかじゃないのはわかっていた。誰かが、あの話は本当は嘘だったんだと言ってくれればどれだけ気が楽だったろう。冗談でもいい、最期までそれを信じて消えていけたら、今みたいに苦しい思いをすることも、きっとなかっただろうに。
結局僕を取り巻く大人たちは最後までモノゴトの全体を見ることはできなかったようで、じわりじわりと近づいてきている終末に抗おうと躍起になっていた。今更こんなにボロボロになった世界なんか守っても仕方がないのに。こんな世界、僕は要らない。要らないのに。
人がぎゅうぎゅうに詰まった鉄の箱、狭くて暗くて怖くって。もう、慣れてしまったけれど。でも人がいっぱいいるところって、本当、やだな。そんな時、後ろから、聞こえてくる声。女子供は自決の薬を渡されたってさ。僕らに渡されたのは、相手を傷つけることしかできない、鈍くて粗野な武器なのに?重くて、不必要に僕らの命を延ばす盾なのに?僕だって、もう、生きていたくなんかないよ、こんなボロボロになった僕なんか今更誰も必要としないだろ?
「ねえ、」
汚く死んでもいいや、右手に握っていた武器を自分に向けた時、君が話し掛けてきた。
「私、これ、要らないの。貴方、これ要るでしょ」
それは君の右手に握られた、とっても綺麗な死の薬。僕には渡されなかった、君の、大事な…。
「そしたら君はどうする。辛くても死ぬことができない」
「貴方はそうかもしれないけれど、私には死ぬことしかないわけじゃないもの。私は世界の最期を見てみたい」
「………」
「だから代わりに、その武器と盾を頂戴」
「いや、」
僕は彼女の左手に鉄の塊を乗せて両手で握り締める。
「これで僕を殺して」
君は無表情に一瞬迷って、それでも僕を撃った。そしてすぐに右手の薬を飲み干して、ゆっくり僕と倒れた。
なんで世界の終わりを見たいと言っていた彼女が、自分から死んでしまおうと思ったのだろう、薄れゆく意識の中少しだけ考えたけど、でも僕の世界が終わるまで、君と一緒に笑っていられただけで、この最低な世界も捨てたもんじゃないんだから、今はただ、それだけを感じながら君の笑顔を見届けて、目を閉じた。



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