第119期 #17

橋の上

「愛は死んだ」と呟きながら、マリリンは行き場を失った心臓を川に投げた。
 僕は彼女の隣で愛犬グロリアの排便をビデオで撮影している。
「ねえ、今日は何曜日だっけ」とマリリンは僕に尋ねた。
「きっと水曜日か、もしかしたら土曜日のはずだけど」
 愛犬グロリアは排便を済ませると、飼い主のマリリンに向かってシッポを振りながら今日は、火曜日だと吠えた。
「わたし木曜日に手術をするのだけど、あなたも来てくれる? わたし怖いの」
 僕は左手でビデオを回しながら、ビデオを持っていない方の手を使って愛犬グロリアの排便を解析装置にかけた。
「もちろん行くよ。何も怖がることはないからね」
 それから言い忘れていたけど、僕たちは今マリリンが心臓を投げた川をまたぐように架かった大きな橋の中央にいて、少し離れた場所から見たら、まるで昼下がりのメロドラマを演じているように見えるかもしれない。
「空は良く晴れているのに、今日はやけに風が強いのね」
 気球に乗った宇宙人は無関心な空を漂いながら、失われた宇宙船と故郷を捜し旅を続けていた。
「新しい時代の宇宙人ほど故郷への執着が強いというね。金融業やITで儲けてる連中はみんな宇宙人だってウィキペディアにも書いてあったよ」
 僕は愛犬グロリアから採取した排便のスペクトル値を確認すると、少しだけ耳かきでこそぎ取り、プルトニウム溶液の入った試験管に耳かきごと突っ込んだ。
「私ね、言葉を信用していないの」
「僕もさ」
 試験管の中では愛犬グロリアの排便とプルトニウムが戦っていた。
「言葉って誰かを傷つけるだけでしょ」
「まあね」
 それでも残酷に物語は進む。だから僕は橋の上で迷子になったマリリンの体を抱き締め、体温を確かめた。
「差以下同反対! 差以下同反対!」と叫びながら、アンドロイドの群れが高く背伸びした空の下を行進していく。
 橋の上で抱き合う僕とマリリン。
 群衆に向かって吠える愛犬グロリア。
「ねえ、どうしてみんな怒っているの?」
「自分たちが人間でないことに気付いたからさ。利用するだけ利用して、いらなくなったらアンドロイド扱いされる」
 試験管の中に放った愛犬グロリアの排便は、今すぐここから出してくれと訴える。プルトニウムのα線が容赦なくまとわりついてくるから自分が自分でいられないと。
「今度の手術はね、DNAの手術なの。成功する確率は一億分の一なんだって」
 僕は君が人間じゃなくても構わないよ。



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