第119期 #13

正油さし

 みだりに公言はしないでほしい。
 深夜に急にコーラを飲みたくなったりして寝巻から外出着に着がえる。自動販売機で欲しかったものを買ってそれを飲み干しながら静かな住宅街を大人しく歩く。そういう時に、ふいに正油さしのことを思いだすことがある。
 姉にもらった、陶器の正油さしだ。私が一人暮らしをはじめた記念に贈ってもらった。炭酸で喉を刺激しながら帰宅してあの淡い緑色を鑑賞しようと戸棚を探すのだけれど、見つからない。シンク下の収納にあるのかと屈んで探す。ないので、もしやと思って机の引出を探す。まさか、と思って爪先立ちで本棚の上を眺める。ほこり。見つからない。
 そこでようやくあの時に失くしてしまったのだと思いだす。

 恋人が部屋に来て彼女の親戚からもらったという魚の干物を焼いてもらう。
 私が言う。
「正油」
 はい。恋人から手渡される。
 違う黄色じゃない。
「緑の」
「緑はないけど」
 そもそも恋人はあの柔らかい色彩すら知らない。

 お酒を呑みながら古い友人にこの話をした時に、つい姉に貸したままになっているのかもしれないなと漏らしてしまった。
 そうだ。姉も自分が気に入っていた品物だから私にプレゼントしたのだし、姉は人擦れした物が好きだったから中古を買うのも他人から借物をするのも好きだった。
 友人は、
「お姉さんは亡くなっただろう」
 と言った。
 死んだのは勿論覚えている。ただ、酩酊したり、そぞろな時には色んなことを忘れてしまう。

 あの時は無くしたのならまた作りだせばいいと考えていた。だけれど、やっぱりそれはだめだった。あれじゃなきゃだめなのだ。想像力を限界まで働かせたがどうもうまくいかないらしい。いくつもの記憶のよりしろで、いくつもの記録と結びついていたものだったのだ。
 あの正油さし。
 ただ、また作りなおせばいいという言葉があの時に必要だったことも確かだ。そういう言葉がなければ立てなかった。言葉は囮だった。囮目掛けて、言葉に寄り添うことで我を忘れて、ほうほうの体で追いついて、言葉の化の皮をはがしても結局失ったものは取り戻すことができない。もう元には戻らない。そういう事実だと発見する。
 発見は、精神の空腹をある程度満たしてくれた。けれど、どうもその類の満足はあまり腹もちがしないらしい。
 真の不幸とは、その囮すら信用しきれなくなるということではないだろうか。とは言え、この結論さえ、囮なんだろうけれど。



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