第119期 #12
小説家になろうと思っていた。かなり前から、そう決めていた。私の制作方法は頭の中で作り上げていくものである。人物描写はもちろんのこと、風景・状況までもすべてテレビドラマのように再現させてしまう。色・香り・音、五感に関わるものすべて細部に至るまで映像として記憶してしまうのである。メモを取ることはほとんどない。字を書くという現実の作業は私の作品を「どこにでもある立体感のない普通なもの」にしてしまうからだ。3D映像のように頭を駆け巡るストーリや輝く表情は、「字」などで現せるものではない。自分の頭の中でただよう映像を再生する。そして、一気に書き上げる。
投稿などはまだしたことがない。応募方法が間違っているような気がして、二の足を踏んでしまう。最近の応募サイトは、いろいろな条件が加味されている。昔のように手書き原稿を郵送するものはほとんどなく、パソコンを使用して作品を完成させる。しかし、アナログ人間の私は、パソコンを自由に操る術を知らない。インクの香りの中で机で原稿用紙に向かうことが、私の中の小説家だったのだが、時流の流れなので止むを得ない。
そんな私がついに投稿を決意した。理由は簡単である。
悠長に構えている場合ではない。生きていくのに「夢」だけでは不可能だとわかるほどには分別も経験もある。
「高山さん、少しペースをあげましょうか」
ふいに声をかけられ、現実に引き戻される。彼女は、今回の担当の編集者なのだが、私の制作方法が理解できないようで思わぬところで邪魔になることも多い。いま、後半部の山場に差し掛かっていたのに残念であるが、非凡な制作方法なのでこれも致し方ない。
今回の出来はかなり納得のいくものであり、受賞も視野に入れたものになった。私は自分の作品を読み返すことはしない主義なのだが今回ばかりは「生まれたばかりの赤子」のように慈しみ何度も抱き上げた。抱き上げたというのは変かい?それほど愛着があるという意味である。
早く完成させたい気持ちが行動を前のめりさせる。
「高山さん そこは違ってますよ。右側にスイッチがありますでしょ」
まただ。また私の構想を邪魔する編集者。
「婦長、302号の高山さん、日常生活ほとんど不可能です」
「そうねえ、ナースセンターに近い場所に移動しましょ。そのお人形お守りみたいだから忘れないでね」