第118期 #5
あるところに一人、老いて、片足の自由が利かない男がいた。
男の頑固なことは、有名だった。それを知らない人が周りにいないほどに。
彼はずっと一人だった。
「わしの若い頃には鉄砲の音が響いて…」
今日も彼の話を聞く者はいない。
子供は笑って指を差し、犬も猫も彼に近寄らなかった。
今日も彼は一人。
やがて彼は杖をつき家路をヨタヨタと歩き始めた。そんな彼を人は遠くから馬鹿にした。
「わしの若い頃には食べるものもなくて…」
ある日のことだった。
「それで?」
一人の少女が、彼の前にやってきた。
「お前に話とらん、関係ないからどこかへ行け」
「じゃあ一体誰に話しているのさ」
「誰のためでもない」
「じゃあ聞いてても良いじゃないか」
少女は微笑み、彼の隣に座った。
彼は何か言おうとしたが、また前を向いて話を始めた。
彼の声は普段よりも空に響いた。
それからというもの、彼女は毎日彼の隣で彼の話を聞いた。
彼のためだけに在った声は、次第に彼女のための声になった。
彼女は目を閉じ、彼の話を聞いた。
彼は、日を追うごとに優しくなっていった。遠くから馬鹿にしていた人々も、彼の近くへ行くようになった。
「わしの若い頃には、断首台に上る仲間を助けようと…」
やがて彼の話を周りの人は聞くようになった。彼の話が終わると拍手が起こることもあった。
ある日の夕方、誰もいないいつもの公園で彼は彼女に言った。君のおかげだ、ありがとう。
彼女は微笑み、彼に言う。
それなら一つ、お願い事をしてもいいかい。
彼は頷き、それに続いて彼女は、
彼を、刺した。
驚く老人を余所に、彼女は言う。
「こういう愛の形もあるのを教えてほしい。さあ、答えを。」
彼は息も絶え絶えに、優しさを失くした微笑みを浮かべる彼女に告げる。
君が来てから、毎日が少しずつ楽しくなった。君のおかげで、人の暖かさを知ることができた。
もしこれが愛だというのなら、君に殺されて死ぬのも悪くはないかもしれないな。
彼はそう話を締めくくると優しく綺麗に笑いながら、やがて熱を失っていった。そうしてあとに残るのは、少女のため息と、少しばかりの、
少女はそのあと、これが愛だというのなら、私の行為も愛なのか、と、誰に言うでもなく問い、もう動かない彼の隣であの日のように目を閉じるのです。それはこの空間に冷たく寂しい風が吹いた後のお話です。