第118期 #4

病床

 「お盆の時期は海に入ってはいけない。足を引っ張られるから」という祖母の口癖を妄信しているわけではないが,海水浴に興じる若者の頭が波間からふっと見えなくなると,一瞬どきりとする。海草にでも足を絡ませたのだろうとの推測は容易だが,整備された海水浴場に足を引く海草があるものか。
 陸に上がって久しい祖父の,陽に焼けた肩の張った体躯は漁師そのものだった。寝たきりになり木偶の坊のように言われて,乞うような眼差しを見るのが嫌で,僕は滅多に見舞いには行かなかった。背中にはたるんだ刺青があった。逝って五十年以上が経つ。
 祖父の死後,祖母は長く生きた。湿布薬をよくもここまで細かく切れるなと思うくらいの小さな正方形に切って,いつも両方のこめかみに貼っていた。TVの時代劇のテロップが読めなくなると母に電話をかけてきた。「この男前の俳優は誰なの」。異性への興味を失わなかったことが長生の秘訣かもしれなかった。
 母よりだいぶ若い,年の離れた姉のような看護婦がときどき様子を見に来てくれる。丁寧に清拭し,下の世話までしてくれる。初めこそ抵抗があったが,体が自由に動かないのであれば抵抗する術もない。異性への興味なぞ僕はとうの昔に失ってしまった。
 いったい,この人生はなんだったのだろう。誰かを激しく愛した記憶はあるが,誰だったのかが思い出せない。誰かに愛された感触はあるが,あの身体に名前はあったのか。誰かと激昂して議論した口酸っぱい思い出はあるが,何のことであんなにムキになれたのか。いまや,耳の周りで羽音を立てる蚊すら振り払うことが出来ないというのに。
 音楽に,文学に,涙を流すほど感動したこともある。出会いの喜び,別れの悲しみに忘我して徹夜したことすらある。曲の名前,小説の題,誰が僕と出会い,誰が去ったのか。まったく思い出せない。思い出そうとしないから,思い出せなくなったのか。
 あれは,川を流れる水だったのだろう。水は川の形に沿って流れているように見えるが,実は,水が川の形を作っていたのだ。長く,とても長い時間をかけて川が作られてきた。
 時は流れる。そして僕の時間を容赦なく潰していく。病院の窓からは,海水浴に興じる若者の嬌声が入ってくる。まだ日が暮れる時間ではないが少し暗くなってきたようだ。寝入るときにいつも思う。このまま醒めなければよいのに。夢の中で死ねればいいのに。夢で死ぬように死ねたらいいのに。



Copyright © 2012 山本高麦 / 編集: 短編