第118期 #13
速達の必要はないが午前の集積に間に合わせなければならないという、厄介な書類を作り終えたのが午前四時。郵便局が開くまで起きているのは論外だ。しかし封筒を軽く放り上げながら、はかりを買おうと思ったのはこれで何回目だろう。重さに不安がある。九十円切手を買えば確実だが、十円が惜しくて逡巡する。財布とライター、切手の貼られていない封筒を手に外に出る。鍵はかけない。
寝静まった住宅街は、適切に配置された街灯のおかげで明るくも暗くもない。コンビニまでは徒歩一分。よく見る店員が菓子を補充している。客は若い女が一人。すごい露出。エロい。雑誌コーナーへ回るが、素通りする。アイスを物色しているエロい背中に視線を投げてレジに向かうと、急いで補充から戻った店員に切手の値段と煙草の銘柄を告げる。夜勤は大変だ。頭がうまく回らないのか、切手と煙草で混乱している。釣り銭を受け取りながら礼を呟く。店員は黙って補充に戻る。
店を出ると煙草に火をつけて歩き出す。道を渡ればポスト。コツコツと耳慣れない音がして振り向くと、老人がひっきりなしに杖をついて歩いている。盲の人だと気づく。さらに振り向くと、エロい背中はまだアイスを決めかねている。煙を吐くと同時に向き直り、道の真ん中で左右を眺める。車が来ていたら轢かれている。遠くで信号が変わる。
ポストに封筒を投函し、手を合わせる。祈るような類のものではないのだが。思えばメールが主流の今、ポストに投函するのは多くが祈るような類のものかもしれない。
煙草がまだまだ長いから、帰りは誰も使わない歩道橋を渡ることにする。普段使わないだけに、歩道橋の上から見る景色は新鮮だ。東の空が微かに明るくなっている。歩道橋の壁面はずいぶん錆びている。蹴ってみる。間抜けな音が響く。
降りるとさっきの老人とすれ違う。煙草を手にしている手前、距離をとって道を譲る。それで歩き煙草の罪悪感が贖われるでもなく、そもそも実は罪悪感もない。振り返ると、ゆっくりだが慣れた足取りで老人は歩道橋を上っている。この歩道橋がなければ彼は道路を渡れない。こんな時間でなければ彼は散歩を楽しめない。不意に老人の実感のようなものに触れた気がして立ち竦む。
指をはじいて灰を落とすと、煙を口に含みながら再び歩き始める。コンビニの前を通るついでに灰皿に煙草をねじ込んで、はかりを買おうと呟く。向こうから微かにコツコツと音がする。