第117期 #10

息子

息子は素直ないい子だったんです。
いや、だった、じゃなくて今でも素直な子だと、わたしは思っています。
わたしは息子が望むものは何でも与えました。例えば魂だとか、欲望、なんていう概念も、わたしなりのやり方で、わたしなりの解釈で与えました。
それが親としての最低限の務めだと思っています。わたしから言わせてもらえば世の中の親は息子に対し、何もしなさすぎるんですよ。もっとかまってやらねば、もっと与えてやらねば、たとえ親がリスクをしょってでも与えるんです。わたしはそう思います。ただ、
その結果かもしれません、息子は何でも欲しがりました。次から次へと欲しがりました。息子が欲しがれば、わたしたちはどうにかして手に入れる、するとそれを10分ほど眺め、次のものを欲しがる。その繰り返しでした。欲しがるものはだんだん大きく、高価で、手に入れにくいものになっていきました。それでもわたしたちはすべてをなげうってでもそれを手に入れようとしました。時には血なまぐさいことにもなりました。少々、法を犯しました。ぬぐい去れないほどの罪を作りました。それでも息子が健全に成長するのなら、と我慢をして手に入れました。気づいたら、手下がいました。
息子が欲しがるものを手に入れるためには、わたしと妻、ふたりだけでは不可能でした。あらゆる能力を持つ手下を仲間に加えることは必然でした。5分あればどんな鍵も開けてしまうものや、すぐに暴力に訴えて相手を黙らせてしまうもの、反対に暴力を振るわずに言葉で言いくるめてしまうもの、政界、財界、様々なコネクションを持つもの、不思議な機械を発明するもの、2k先の林檎に穴をあけることのできる射撃の名手、羽のついた帽子をかぶって飛ぶ永遠に年を取らない少年、中華鍋だけで様々な料理を作れる中華の鉄人、ピエロ、話しだせばどんな状況であろうと爆笑をとれる落語家、獰猛な犬も1分あれば手なずけてしまうブリーダー、妖怪やお化けの知識が底知れない荒俣宏、葬式参列の際も熱血を垣間見せる松岡修造、周りの状況に左右されない大名行列、ピエロの家族、くるくる回るビニール傘、やがて雨模様、おしゃれ小鉢、素敵なダイヤリー、赤黒い動物、うっとうしい蝿、わたしは、海賊船の船長になっていたのです。



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