第116期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 手紙 山本高麦 1000
2 荒廃した町と始まり 乃夢 940
3 PRISONER 風雅 801
4 気になるあの娘 なゆら 998
5 機械 こるく 1000
6 風の惑星[改]~レオナ 朝野十字 1000
7 傷。 八八 816
8 魔が差した 堀口 932
9 ムービー qbc 1000
10 敗北 ロロ=キタカ 680
11 長靴を履いた蟻 しろくま 999
12 しき Y.田中 崖 1000
13 わら 1000
14 ぷつり 伊吹羊迷 999

#1

手紙

 彼女と喧嘩になってしまった。発端は,お揃いで買った名前入りのボールペンを僕が失くしたこと。「秘密を持ったらハキョクね」と言われていたので,正直に話したのに。
 僕の彼女はとてもキレイだ。「ハキョク」なんて言葉,女の子の口から発せられるのを初めて聞いたけれども,彼女はちょっとモデルっぽいから「ハキョク」という言葉が似合う。 
 これまでは,喧嘩になってもその日の夜の「おやすみ」電話には出てくれたし,翌日は「おはよう!」というメールが絵文字つきで来た。「ごめんね」とは絶対に書いてこない子だけれども,仲直りできれば僕はそれで満足だった。
 しかし,今回はちょっと様子が違う。全然連絡が取れない。自然消滅の雰囲気になってきた。これは困る。
「どうしよう」。僕は口下手だ。だから,手紙を書くことにした。もし話がこじれたらそれを渡せばいい。われながら名案だと思った。
 僕は,手紙を2通用意した。1通は赤面するような言葉で求愛し・復縁を求めた。そして,共通の友達に仲介を頼み,会うチャンスを作ってもらうことにした。電話もメールも受信拒否されていたのだからやむを得ない。
 ところが,その友達は「あれ?別れたんじゃないの?あの子,合コン三昧だよ」と,聞きたくもない彼女の近況を知らせてきた。自分でもびっくりするほどの低姿勢で,連絡をとってもらうことにした。僕はどうしても彼女に会いたかった。しばらくして,日時と場所を指定した伝言が転送メールでやってきた。
 当日のことは思い出したくもない。僕たちは,さらにひどい喧嘩をしてしまったのだ。それでも僕は,手紙を渡した。彼女はいきなり破り捨てる勢いだったが,とりあえずは受け取ってくれた。

 カフェを飛び出して,無理やり持たされた手紙に気づいた。このまま捨てるのも癪なので破り捨ててやることにした。四つに,いや八つ裂きにした封筒から,少しだけ中身が見えた。ドラマでよく見る,あの薄い紙が見えた。一応拾って張り合わせ復元してみる。間違いない,婚姻届だ。
 私は,こういうのに弱い……わけがない。私のことがまったくわかっていない。こういう小技を使う男,自己陶酔するバカを,私はゼッタイに許さない。震える手で電話をかける。
 「あ,はい,…」待っていたような雰囲気に怒りが頂点に達した。精気のない声を聞いて,私は容赦なく怒鳴り返していた。
 「私の書く欄に,自分の名前書いてどうするのよ!」


#2

荒廃した町と始まり

その日は特に何もない日だった。何の前触れもありはしなかった。強いて言えば、世界が終わるのはどんな感じだろうと、ふと白昼夢に浸ったのはそれが起きる前兆だったのかもしれないと言えなくもない。

今日も崩れたビルの上、死んだ町を眺めてた。理詰めの科学者や哲学者が、盤を囲んで飽きもせず理論の千日手を続けていた。そういや、なんで建物は崩れたんだっけか、あの日の出来事とこれは関係ないと思うけど。確か、誰かが壊しにきたんだったか、崩れたんだったか。まあどうでもいいことではあるが、ビルが崩れているのは、散らかっているみたいで気分が良くないと誰かが言っていたけれど私は青い空を背景にした瓦礫たちが結構好きだった。
科学者が叫んだのを始まりに、盤の上の出来事だった議論が拳に代わりそうになったのを横目で見届け、私は瓦礫から降りて別の場所へ移動した。

だけどこんなゴミみたいな町、見捨てちまえばいいのに。
科学者はこの地でどう暮らしていくかを考え、哲学者はこの地でどう果てていくかを考えた。私はどちらも気に食わない。どうして誰もここから出ていくことを考えないんだ。うんざりして、瓦礫の高いところに腰掛けていたら、やはり君が来た。いつも通り私の隣に座る。
「ねぇあのさ」
「なに?」
「こんな町出ていかない?」
最早「町」と言うのにも躊躇われるこんな場所、嫌だった。でも君は言う。
「何度も言うけど、嫌かな。あのさ、君も何度もそう言いながら一人で出ていかないところを見ると、結局この町が好きなんじゃない。あとは単なる臆病か」
「………」
「君のことは好きだけど、僕はこの場所で死んでみるのもアリなんじゃないかなって最近やっと思えてきた。…ああ、どうでもよくなったんじゃないよ。それにね、」
「外に出たって殺されるか野垂れ死ぬかしかないんでしょ」
私の47回目の告白も、結局いつも通りの問答で。だけど、いつもはただ座って微笑んでいる君が、今日は私の手を取り走りだした。
「でも外の世界の畜生どもに、目にもの見せてやりたいね、最期くらい」
悪戯でも考えついたかのように笑う君、
「……うん」
応えるように笑い返す私。特に何もない日だった。けど、今日で終わった世界が変わる。
未だ盤を囲んでる馬鹿の集まりを二人で笑いながら、私たちは外へ出た。


#3

PRISONER

「騙したのね……? 愛してるって言ったのは嘘だったの?」
 絶望。それだけだった。ただ、嘘だと、悪夢だと……思いたかった。
「理奈! 待ってくれ! 誤解だ!」
 マンションの四階。此処は、理奈の
家だ。
 その家の中には、言い争う男女。
「誤解……?」
「ああ! 俺はお前を愛してる! 嘘じゃない、信じてくれ!」
「……本当? じゃあ、あの女は誰?」


 愛しい彼――祐希。
 本当に愛してる。
 こんなに愛しいのに、私の想いが伝わらない?
 祐希があの女と一緒に居るのを見た。

『仕事があるんだ。ごめん、また今度な。』

 ――仕事じゃなかったの?
 彼女である私の誘いを断って、他の女と出かけてるなんて……。
 ――ふざけてるの?
 私はこんなにも貴方のことが好きなのに……!
 どうしたら伝わるのよ……!


「ただの仕事の同僚だよ! 仕事の話をしてたんだ!」
「お洒落なレストランで? 私服で? 随分楽しそうに笑い合ってたわね」
 祐希の顔には、驚きと陰が浮かんでいた。
「……ごめん。悪気はなかったんだ」
「なんでよ……。私じゃ駄目なの……?」
「……別れよう」
 祐希は背を向け、出て行った。
 嘘だ。悪夢だ。そう思っても、祐希の言葉が声が、背中が、残酷に訴えてくる。
 いつからだろう。こんなにも祐希のことが愛しくなったのは。
 いつからだろう。こんなにも――――狂ったのは。


 玄関を出て下を見る。
 ――あの女だ。
 階段を駆け下りると、少し下に祐希が見えた。
 上着のポケットから銀色に鋭く光るナイフを取り出す。
「祐希、好きだったわ。――――愛してる」
 祐希が振り向くまもなく、一つ上の階から、飛び降りた理奈が、祐希を、刺した。
 背中に一突き。
 そして、祐希に後ろから抱きついた。
「……えっ? 理奈……?」
 祐希の口からは血が流れ、顔からは血の気が引いている。
「愛してるわ、祐希。誰にも渡さない。一生私のモノよ」
 祐希はその場に崩れ落ちた。


‐END‐  


#4

気になるあの娘

あの娘がわたしの脳内にあふれている。あの娘はわたしの脳内に入ってきて、脳幹を揺さぶり、ぐちゃぐちゃにして、かじりついて、咀嚼したあと、さもまずいものを食べた時のように吐き出して、なお微笑んでいる。あの娘がいたのは、クレープ屋さん。わたしは甘いものが大好きで、甘いものを見つけたら、深く考えずに食べることにしている。たまたま見つけたクレープ屋さん、わたしがそこでチョコクレープを食べるのは当然。作ってくれたのがあの娘だった。手つきは非常に危ない。こげてしまうんじゃないかとも思う。実際少しこげている。あきらかに経験不足。そんな作り手をフロントマンとして出していていいのか、とクレープ屋としてはちと苦言を呈すが、わたしはすべてを水に流してしまう。わたし好みの娘が作っている。わたしはそのこげて様々な具がはみ出たクレープを嬉々として食べようではないか。娘は微笑んでクレープを渡してくれた。暖かい。なんて暖かいのだろうか。こんな暖かいクレープは見たことがない。わたしはすぐにかじりついた。味どうこうではなく、気持ちがおいしい。一生懸命作ったんだろうなという気持ちがおいしいじゃないか。わたしはただひたすらクレープを貪ったよ。娘は少し頬を赤らめていた。自分の不器用さを恥じているようだった。あ、あ、と吐息を漏らした。具合が悪いのだろうか。どこか具合が悪いのですか、と声をかけてみた。大丈夫です、あ、かぜです、と娘はさらに頬を赤らめた。娘のすぐうしろからちいさく男の声が聞こえた。男は、こんなに濡らしやがって、と言った。けなしているような口調だった。娘はごめんなさいごめんなさい、といってから、あ、あ、と吐息を漏らした。わたしは娘がかわいそうになった。いくらクレープ作りが下手だからってそんなに罵らなくてもいいのに。何か困っていることがあったら力になるから連絡しなさい、と娘に言った。だいじょうぶです、ああ、ああ、かぜをひいているだけです、ああ、ああ。娘の吐息がはげしくなった。うしろの男の声もはげしさをました。娘がすごく揺れている。娘は一定のリズムでぱんぱん揺れている。娘の吐息がすごく大きくなって、はあああ、ともうほとんど叫んでいた。そこでわたし、気づいちゃったよ。これ、猥褻映像だ。撮影だ。なんだ娘、仕事かア、気付いたらわたし、なんだかばからしくなっちゃってね、それ系の猥褻映像を求めて町を彷徨ったよ。


#5

機械

 私が生まれ育った町には、町外れの丘に機械が存在していた。機械と言っても、今思えばそれが本当に機械だったのかは定かではない。あくまで、人々が便宜的に機械と呼んでいただけだったのかもしれないとも思う。
 機械は酷く歪な形状をしていた。それは何らかのオブジェのような建造物であり、或いはただ単に産業廃棄物の山のようであるとも言える。現代芸術のようなその様相は少なからず人々を不安にさせた。
 大人たちは概ね機械に対して肯定的だった。国からの補助による財政の潤いと経済の発展への期待であろう。しかし、祖母を含め老人たちは皆、機械に対して懐疑的だった。機械なんて何をしでかすかわからない。もちろん、それは老人特有の時代遅れの思考だったのかもしれないけれど、彼らの口調は何らかの確信を含んでいた。

 私は一度だけ機械の中へ入ったことがあった。ある時、普段は厳重に施錠されている入り口の扉がどういうわけか半開きになっていたことがあった。好奇心に駆られた私は迷うことなく機械の中へと一人侵入を試みた。
 機械の中は薄暗く、冷え冷えとした空気が充満し、狭い回廊が延々と地下へ続いていた。私は回廊をゆっくりと進んだ。歩く度に、足音がまるで木琴の音色のようにコツリと硬く響いた。
 暫く行くと、私の耳に幽かにある音が聞こえてきた。それは心音だった。はじめ、それは自分の心音ではないかと思い、自分の胸に手を当ててみたものの違う。確かにその心音は回廊の奥から聞こえてくるようであった。回廊を進むにつれ心音は強くなる。私はその心音に導かれるように、無意識に回廊を進み続けた。
「何をしている」
 ふいに声が聞こえ、びくりとした。私が振り向くとそこにはどこから来たのか一人の薄汚れた老人が立っていて、じっと私のことを見据えていた。私は老人の顔を見ると、ハッと夢から覚めたかのように我に帰り、一目散に回廊を引き返した。私は確かに心音に取り憑かれ、機械への恐怖すら忘れていた。しかし、それ以上にその老人の虚ろな目に言い知れない恐怖を感じたのだった。その目はまるで何かに生気を吸い取られたかのように虚ろで死の予感を孕んでいた。

 私はそれからというもの決して機械に近づくことはなかった。何年かして大学入学を機に都会へと出ると町に戻ることも少なくなった。しかし、機械は今も町に存在している。まるで、我々を静観するかのように町外れの丘に鎮座を続けている。


#6

風の惑星[改]~レオナ

 レオナは十二歳、いつもゆったりしたガウンを羽織っていた。腰まで届く長く伸ばした髪は雪のように白かった。瞳は薄い緑色で、光の加減で黄金に輝いて見えることもあった。
 四年前、ヒロの父親がレオナの命を救ったのだけれど、彼の死後、レオナの感謝の気持ちは父親から息子へ自然に引き継がれた。レオナは心からヒロを慕っていたし、まったくはにかむことなく人前でそれを公言した。
 ある日、地球からの転校生ルイがグライダーマンの家の夕食に招待された。レオナも夕食会に出席して、食事の間中ずっと冷たい目で地球人の女を見つめていた。
 夕食後、みなが庭に出た。よく晴れた満天の星空の下、子供たちには甘菓子とジュースが、大人たちには酒が配られた。ニムルを庭に並べて、それに座って親しい人たちとくつろぐひととき――だが、カイは息子のヒロを呼びつけて言った。
「あなたはウサギ小屋の掃除をしなさい。あした、新しいウサギが入荷するから」
「うん」
 とヒロはうなずいた。
 横にいたロギノが言った。
「後でぼくがやっておくよ。そんなに大した数じゃないから」
「だめよ、ヒロに仕事をやらせてちょうだい。ヒロはもう十四なのよ。仕事を覚えなきゃ。グライダーマンというだけでは、一円も稼げやしないのよ」
「ぼくはやるって言ったよ」
 とヒロ。
「じゃあ、一緒にやろう。二人でやればすぐに済むよ」
 ロギノはそう言ってヒロにウインクした。
「はい、父さん」
 二人がウサギ小屋へ行こうとしたとき、一瞬、あたりがパッと明るくなった。
「見て!」
 マチルダが夜空を指差した。
 大きな火の玉が空を横切っていった。
「また隕石かな」
 とシゲが言った。
 全員が見つめる中、火の玉は地平線に落ちるまでずいぶん長く輝き続けた。
 立ち止まって空を見上げていたロギノに、グラハムじいさんが言った。
「ラジオをつけてみろよ、ロギノ。何か言っとるかもしれん」
 ロギノは家の中からラジオを持ち出してきた。ラジオのまわりに人が集まってきた。ロギノはラジオの電源を入れ、いくつかの周波数を試してみた。ほどなくニュースをやっている局が見つかった。
「速報です。地球からの宇宙船が周回軌道上で爆発しました。乗客乗員は全員死亡した模様。原因はまだわかっていません……」
 少し離れたところにいたレオナがヒロを目指して一直線に駆け寄ってきて抱きついた。
「ヒロ、私、恐い」
「大丈夫だよ」
 ヒロはレオナを優しく慰めた。


#7

傷。

傷。
ひとすじの傷がある。
どうしてこんなところに。
指でなぞる。
ふと爪をたてる。
そっと。
そっとそっと。
そっとそっとそっとそっとそっと。
爪で傷を奪い取る。
痛みと恍惚感に襲われる。
慎重に。
油断せず。
傷に隙をみせぬように。
傷は少しずつ失われる。
しゃくと音がなる。
傷が失われる。
そして新たな傷が出来る。

傷。
傷を無くさなければならない。
傷が増えている。
ああ。
はやく。
はやくはやく。
傷を無くさなければ。
傷に爪を立てる。
しゃくと音をたてる。
しゃく。
しゃくしゃく。
しゃくしゃくしゃくしゃくしゃく。
私の意識はどこかに消える。
私はいつからここにいるのだろう。
どうでもいい。
とにかく傷を。
傷を無くさなければ。

傷。
傷はもう一平方米まで広がっている。
爪をたてる。
いや。
爪では間に合わない。
はやく。
あたりを見渡すと一丁の包丁が転がっている。
傷に刃を当てる。
あせらずに。
ゆっくりと刃を奥へ動かして行く。
するすると。
するするすると。
するするするするすると。
痛みと恍惚感に笑みが零れる。
刃を滑らせ終える。
傷は失われる。
そして新たな傷が残る。

傷。
傷が無くならない。
傷は次々に広がる。
左腕は傷だ。
右腕は傷だ。
左脚は傷だ。
右脚は傷だ。
傷が。
傷が擦れる。
そして傷になる。
あは。
あはあは。
あはあはあはあはあは。
何だか楽しくなる。
だけど。
だけど傷は。
傷は無くさないと。

いつからだろう。
傷から血が流れない。
左腕も。
右腕も。
左脚も。
右脚も。
胴も。
顔も。
腰も。
傷なのに。
額の真ん中。
そこが最後。
三糎程の部分が最後の私。
ここが私に残された場所。
ああ。
傷を無くさなければ。

傷の頭が動く。
傷の頭が鏡を覗いている。
傷の頭が困ったように傾く。
傷は傷の左手で私をなぞる。
ふと爪をたてる。
そっと。
そっとそっと。
そっとそっとそっとそっとそっと。
爪が私を奪い取る。
痛みと恍惚感に襲われる。
慎重に。
油断せず。
私に隙をみせぬように。
私は少しずつ失われる。
しゃくと音がなる。
私が失われる。
そして新たな私が出来る。


#8

魔が差した

彼女は行き詰まっていた。

自らが望んだ職場、自分の能力を存分に発揮できる部署に配属されたのは、五年前。
それからはただ一途に仕事に打ちこんできた。
学生時代の趣味は、社会人になってからすべて捨てた。
食生活も、自分で作る軽食と、コストパフォーマンスを重視した外食に任せた。
そんな生き方が崩れたのが今年の春。
突然の異動を命じられ、彼女の仕事は雑用になった。

もちろん会社の歯車が上手く廻るためには、雑用係も必要だろう。
そのことは彼女も理解していたし、その気になれば遣り甲斐を見つけることが出来ることも、薄々感づいてはいた。
ただ彼女は漠然と、この仕事が合わないと、確信していた。

それは、失恋だった。

やりたい仕事、という恋人との別離。

前の仕事が恋人なら、今の仕事は何なのだろうか。
恋人との別れは、今なお心に重くのしかかっている。
彼女の気持ちはここにはない。
それでも付き合っていかなければならない。

それは、まるで……。




「まるでセフレだわ。」
私は頬杖をつきながら、ぼんやりと呟いた。
時刻は夕方の6時で、結構おしゃれなパスタ屋に独りで居るスーツ姿の27歳の女。
隣の椅子には仕事の資料がぎっしり入ったバッグ。
自分で言うのもアレだが、まぁまぁイケてるキャリアウーマンだと思う。
他には、注文がミートスパ大盛。
あと、うつろな目でセフレとか呟いてる。
ついでに、胃袋が唸りをあげてるあたりもポイントだ。
「……あれ?私、イケてない?」

言ってから、唐突にセフレでも作ろうかという気分になった。
もちろん仕事の方じゃなくて、正真正銘のセックスフレンド。
なんとなくセフレが、このイケてない状況を打破してくれる気がするのだ。
思えば就職してから、恋人はいないのだった。
いや、仕事が恋人だったから当然といえば当然なのだ。
だって、恋人は一人しか作らないものだから。
「でも、セフレは何人いてもいいのよね。」
言いながら、だんだんと素晴らしいアイディアのように思えてきた。
少なくとも、今食べ終わったミートスパ大盛くらいには。


セフレって彼女持ちのあいつとかでもいいんだろうか。
流石に妻帯者はまずいよね?

そんなことを考えながら、私は手ぶらで店を出た。
何かから解き放たれたような、清々しい気持ちだった。

店の前の信号は、赤だった。


#9

ムービー

(この作品は削除されました)


#10

敗北

O 納豆の卵とじ食べ昼餉には冷やし中華で夜には餃子(2012年5月5日(土))
 私は上の短歌で短歌コンテストの2等賞を取った。1等賞の短歌は
O 痛み来てシャッター切られ魂は三途の川へ旅立って逝く したまわる
 と言う短歌だった。選者評によると
O 恣意川君(私の名前だ)の短歌は日常の一コマを切り取った実に滋味掬すべき短歌であるが、矢張り私にはしたまわる君の短歌の非日常的な魂の短歌とでも言うべきものに将来性を感じてその将来性を買った。
 と言う評に私は負けたのだった。
 私は懲りずに再び同じコンテストに応募した。
O 母と行く喫茶店には鈴木君茶色の服が印象的かな(2012年5月6日(日))
 と言う短歌だったが再びしたまわる君に負けた
O 痛すぎてシャッター3回今日の日は祖母の家行く母と一緒に(2012年5月7日(月)) したまわる
 選者の評によると
 したまわる君はその日パソコンに向かって居て13時35分から始まった「旅行作家茶屋次郎4熊野川殺人事件」を見ていた。13時30分から始まった「7人の敵がいる」も見たかったのだがしょうがなかった。そしてシャッター音。15時近くに再びシャッター音。3回目は19時台に夕食の豚しゃぶをほぼ食べ終えて最後の残りの湯豆腐に味噌を付けて食べようとして居る時にシャッター音。その日の夕食は何時も使って居るドレッシングが無くてしたまわる君ちの家のオリジナルドレッシングをかけて豚しゃぶを食べたのだった。(ポン酢に胡麻を混ぜたドレッシング)。実にすばらしい短歌である。恣意川君の短歌は論ずるまでも無い。
 私は完璧に敗北したのだった。 


#11

長靴を履いた蟻

 鹿鳴館へ続く道に小さな蟻の巣がありました。その中に一匹、長靴を履いた蟻がいました。蟻は一度でいいから鹿鳴館に行ってみたいと思っていました。
 ある日、蟻が巣の近くを散歩していると、黒い馬車から白いドレスを着た婦人が降りてきてお花を摘むぎ始めました。蟻はここぞと馬車に飛び乗り、婦人と一緒に鹿鳴館に行ってしまいました。
 鹿鳴館ではすでにパーティーが始まっていました。そこにはいろんな人がいて、まるで日本ではないようでした。
「うわぁ、すごいなぁ〜」
 蟻は感動し、パーティーを存分に楽しみました。

 パーティーが終わり、西の空は赤く染まっていました。しかし蟻は道が分かりません。花壇のチューリップに聞いてみました。
「あの、チューリップさん。僕のおうちってどっちにあるか分かりますか」
 チューリップは言いました。
「あなた様はどのようにしていらっしゃったのですか」
「黒い馬車にのってきました」
「黒い馬車ならその道から来られましたよ。その道をたどって行かれたらどうですか」
「ありがとう。そうしてみます」蟻は歩き始めました。
 道沿いに歩いていくと、途中分かれ道に出ました。蟻は勇気を出して道端のタンポポに聞いてみました。
「あの、タンポポさん。お昼、黒い馬車はどちらから来ましたか?」
「やぁ、小さな紳士さん。黒い馬車ならそっちの道から来たよ」
「こっちの道だね。どうもありがとう」蟻はまた歩き始めました。

 周りは真っ暗になり、あたりを照らすのは月明かりだけ。蟻ももう疲れていました。
「おうちはどこなのだろう。もう近くに来ているはずなのに」


 シクシクシク……


「おや、誰かが泣いている声がするぞ」それは暗闇に浮かぶ盲目のアサガオでした。
「こんばんは、アサガオさん。僕は蟻です。おうちに帰りたいのですが、道が分かりません」そう話すとまた泣き始めてしまいました。
「かわいそうに。僕は目が見えないのでどこか分かりませんが、僕の体をつたって上ってきてみなさい。おうちが見えますよ」
 蟻は長く木に絡みついた、アサガオのつるを上っていきました。
 すると少し離れた空に小さな光が動くのが見えました。それは蛍の光で、その下では仲間の蟻たちが長靴を履いた蟻を探していました。
「アサガオさん、ありがとう。見えました!」駆け足でつるから降りた蟻はアサガオに礼をして走っていきました。
 蟻は仲間たちの所へ帰っていき、おうちに帰ることができました。


#12

しき

 彼女は浴室が好きだった。水を張っていない浴槽に潜りこんで僕らは抱き合った。彼女の首筋は土の匂いがした。ぴったりくっついてその匂いを嗅いでいると僕は幼い頃を思い出して安心した。

 茹だるような蒸し暑い日が続いていた。浴槽の中で身を寄せ合っているとすぐに汗だくになった。彼女が腕を伸ばして青い色のつまみを捻る。冷たい水が降り注ぎ、思わず声を上げた。彼女は笑いながら「夕立」と言った。
 排水口に栓をする。水を吸った服が重い。少しずつ満ちていく浴槽の中で抱き合ったまま、やがて二人とも心地よい眠りに沈んでいった。
 僕は夕方に目を覚まして、栓を抜いた。蝉の鳴き声がやけにうるさかった。

 吹く風が冷たくなり、木々の緑が剥ぎ取られていく。僕は並木道を歩いて落ち葉をポリ袋いっぱい拾い集めた。
 彼女は浴槽の縁を掴み、目を輝かせて待っていた。頭上で袋を逆さにして赤や黄色の雨を降らせると、きゃあきゃあとはしゃいだ。袋が空になると両手で掬って舞い上がらせた。彼女は瞳を閉じ、枯葉が触れるたびにくすぐったそうに笑った。
 僕は一本の枝を彼女の髪に挿した。枝先で真っ赤なもみじが揺れていた。

 寒いねという声に、そうだねと返事をして外に出た。街は一面真っ白で、空から小さな粒が絶え間なく降り続けている。僕はできるだけきれいな粒を選んで集めていった。
 手袋をした手で雪を掴み、浴室で盛大にばら撒いた。悲鳴にも構わずどんどん降らせる。気づくと彼女が非難めいた眼差しを僕に向けていた。僕は謝って温かいシャワーを浴びせた。
 それから余った雪で雪だるまを作って彼女の傍に置いた。翌日には溶けて消えてしまった。

 だんだん暖かくなり、小鳥の囀りが聞こえ始めた。僕は満開の桜の下で降り積もった花びらを集めた。
 最近彼女は口をきいてくれない。もしかしたら雪のことをずっと怒っているのかもしれなかった。
 花びらを手で掴んでぱっと宙に放った。花びらはひらひら舞い落ちて彼女の上に積もる。昔話のはなさかじいさんのように、彼女に花が咲けばいいと思う。
「ねえ」彼女の唇が震えた。その顔は穏やかに微笑んでいる。
「私、しんでるの?」
 いいや、君は、生きてそこにいるよ。
 彼女を抱きしめる。むせ返るような土の匂いがした。

 翌朝、彼女の体から小さな双葉が顔を出しているのを見つけた。一匹のダンゴムシが隣を這っている。
「夕立」と僕は呟いた。土砂降りの雨が頬を伝った。


#13

 今にも泣き出しそうな曇り空だった。
 高級ホテルの中庭で、崇は唇を噛んで俯いていた。
「崇ちゃん、お母さんのこと名字で呼ばないでって何度言えばわかるの」
「ごめんなさいお母……平岡さん」
「あなたも私も平岡さんでしょ。誤解されちゃうじゃない」
 母親はしゃがんで崇と目の高さを合わせた。母親の視線を避けた崇は、蟻の巣に気づいた。

「崇くんが怒られています」
 女王は蟻たちを睥睨して叫んだ。
「彼には恩があります。助けましょう」
 だが蟻たちの反応は冷たかった。
「うるせえ、黙って産卵してろ」
 女王は動揺を隠せなかった。だが即座に自分を取り戻す。
「命令です、崇くんを助けなさい」
 蟻たちは動きを止めた。
「おいおい、俺たちは別にアンタが偉いから食い物運んでるんじゃねえ」
「このシステムが生存に適してるから働いてんだよ」
「行こうぜ、表でアメちゃん見つけたってよ」
 蟻たちは去った。女王はうなだれて顎を震わせた。
「女王!」
 部屋に若い蟻が駆け込んできた。
「あなたは、アリムロといいましたか」
 女王はもはや何の意味もなさない威厳を繕ってその蟻を見つめた。
「私が行きます。崇くんを助けます」
「おお、アリムロ……」
 胸を張った蟻は、女王の複眼には誇り高き騎士として映った。
「頼みます」
「はい。アリムロ、いっきま〜す!」
 若き騎士は走った。他の蟻たちを足蹴にして地上に飛び出し、崇の母親目がけて突進した。
 崇はその勇姿を見逃さなかった。アリムロ渾身の体当たりが母親の靴に炸裂する。
「戻るわよ、崇ちゃん」
 母親は立ち上がり踵を返した。その足下で、蟻が一匹すり潰されたことを彼女は知らない。
――アリムロ!!
 女王と崇の絶叫は同時だった。湧き出した涙は零れたのかどうか。降り出した大粒の雨が、崇の顔を覆ってしまった。

「その後はご存じの通りだ。もう三年になるが、雨は一度もやまない」
 痩せた老人が廃屋の軒下から鉛色の空を見上げた。
「ふうん」
 その隣で少女も顔を上げた。ボロを纏っているが、整った面立ちと赤い髪が目を引く。
「じいさんはその子とどういう関係なの」
 少女は視線を老人に移した。
「その話は長くなるから今度な。お前さんもあの日、何かあったクチじゃないのかい」
 老人は曇り空が浸食したかのような灰色の瞳を少女に向けた。
「うん。でもその話も長くなるのよね」
 少女は微笑を浮かべて空に視線を戻した。庇から落ちた一滴が、白磁の頬をなぞった。


#14

ぷつり

 病院から連絡があった日のことはよく覚えていない。仕事を切り上げて急いで向かったはずだが、どのようにして病院へ着いたのかも思い出せない。覚えているのは、霊安室で全身に包帯を巻いて横になっていた妻と娘の姿だけだ。単独事故だった、即死であったと聞かされても、なんの感想も出てこなかった。ぐるぐる巻きになっている二人だけが全てだった。こんな状態だからと、葬儀の前に火葬を終わらせた。二人の顔を見ることはできなかった。涙を流す時間もなかった。
 あわただしく葬儀を終え、住んでいるマンションに帰った途端、嗚咽が止まらなくなった。机の上のチョコチップクッキー。畳みかけの洗濯物。ところどころに丸がつけてあるスーパーのチラシ。つけっぱなしのパソコン。見ていたのはクックパッドだった。
 家のどこを見ても、家族の足跡があった。私は抜け殻のように家中を徘徊した。三本の歯ブラシが入ったマグカップを床に叩きつけた。割れなかった。娘が使っていた小さな布団を抱きしめた。妻の枕に顔をうずめると、残り香と一緒に、どうしようもないほどの思い出と感情が突き上がってきた。私は何度も何度も枕に叫び、布団を拳で殴った。
 いつの間にか眠っていたらしい。目覚めても隣には誰もいない。朝になっても、夜になっても私は一人きりだった。何度も妻と娘の声が聞こえ、周りを見回し、自分の作り出した幻であることに気づいて、また泣いた。

 三週間が経った。何度も死のうとしたが出来なかった。なんだか申し訳なかったのだ。私は再び会社に行き始めた。何かをしていないと自分を殺してしまいそうだった。仕事をただこなし家に帰る。おかえりを言ってくれる人はもういない。外食するといろいろ思い出しそうで、適当に買ってきた惣菜を義務的に食べた。味はしない。私の日常には何もなかった。私の生きる世界は意味をなくした。
「二か月経っても立ち直れない時は、また俺に言ってくれ」
幼馴染の友人はそう言ってくれた。二か月使っていいんだ。そう思うと、気持ちが少し楽になった。惣菜に味が付きはじめた。風が日に日に冷たくなっていることに気が付いた。ベランダの風鈴を外した。家族の布団を畳んだ。

 何年も経った。時間は偉大だった。遺影を抱きしめて泣くことも減った。
 でも何か、何かが足りないのだ。何かが私にぽっかりと大きな穴を空けていて、苦しくて寂しくて仕方がないのだ。
 きっと、これからずっと。


編集: 短編